「私たちが若い信者の獲得に成功しているのは貧困層を助けたり、社会正義について考える場を提供したり、人種を越えたつながりを提供したりしているからだと思う」

 ビンヤード・コロンバス教会のシニア牧師、リッチ・ネイサンは語る。ミレニアル世代(1980年代前半から90年代半ばに生まれた世代)は一般的に社会問題に関心が強い一方で、妊娠中絶やLGBT(性的少数者)に対する宗教的保守層の考え方を敬遠する傾向にある。あえて宗教色を出さないことで、若者を惹きつけようとしているのだ。

 こういった戦略を可能にしているのは、やはりその規模だ。「メガチャーチは規模が大きいため、礼拝の時間帯や多様なプログラムなど多くの選択肢を提供できる」と米ハートフォード大学で牧師向けに宗教社会学を教えるスコット・サマは言う。

「無宗教」が増える米国

 別の要素として米国のプロテスタントがエンターテインメントの要素をそもそも持っているという点もあげられる。

 米国の宗教史をひもとけば、メジャーリーガーから伝道師に転身したビリー・サンデーのように、信仰に目覚めた人々が話術を武器に伝道集会を開催、福音を広めてきた。サンデーについて言えば、壇上を跳んだりはねたり、今のメガチャーチの説教を超える激しさだったようだ。ラジオ伝道やテレビ伝道などテクノロジーを使ったマス伝道も早い段階で取り入れられている。もともとがエンターテインメントの一種だったと思えば、信者が過剰な演出を楽しむのは分からなくもない。

 このように、メガチャーチ拡大の要因はいろいろと考えられるが、メガチャーチ特有の軽さが今の時代にマッチしているのは間違いない。

 「私が子供の頃は教会には正装していく必要がありました。よくタイツをはく、はかないで母とケンカしました。それに比べれば、今はだいぶカジュアルになっていると思います」

 ダンスパーティに参加していた女性がこう語るように、メガチャーチに来る人の多くはカジュアルな服装だ。基本的に礼拝にいつ来ようが自由で、出戻りや過去の宗派も問わない。事実、取材ではカトリック教徒だったという信者が何人もいた。

 米ピューリサーチセンターによれば、金融危機前の2007年と2017年で無宗教と答えた米国人は16.1%から22.8%に増えた。神の存在は信じているが、教会には行かないという人も多い。だが、家庭や仕事、人間関係などで不安を抱える人はいつの時代にもいる。ライトなメガチャーチが拡大しているのは、そういう不安の受け皿になっているからだろう。

ハリケーン「ハービー」の対応では教会が大きな役割を担った(写真:Joe Raedle/Getty Images)

街は大きく変わったが、キリストのメッセージは不変

 ヒューストン・ファースト・バプティスト教会が大きく伸びた背景にも、都市の拡大や天災に伴う不安があった。

 経済成長やシェールガス革命など過去20年でヒューストン都市圏に移り住む人は急増したが、2008年の金融危機や石油関連業界のリストラでヒューストンの地域社会は大きく揺れた。その間、「カトリーナ」(2005年)や「ハービー」(2017年)など巨大なハリケーンが幾度となくコミュニティに打撃を与えている。

 ヒューストン・ファースト・バプティスト教会のようなメガチャーチがそういった衝撃のバッファーになってきたことは間違いない。事実、昨年のハービー襲来の際に初期対応はその多くが教会の手によるものだった。

 同教会は月100人のペースで参加者が純増している。巨大な礼拝場や信者を楽しませるプログラムを作るだけでなく、信者一人ひとりのニーズをどのように満たすか、地域コミュニティの課題にどう向き合うか、ということを真剣に考えてきた結果だろう。

 「この教会に加わった16年前から今日までヒューストンでは様々なことが起きた。キリストのメッセージは不変だが、われわれは現実の社会とつながっている。その中で専門性を持つ牧師を加えて変化してきた」

 ヒューストン・ファースト・バプティスト教会の牧師の一人、ジェレル・アルテックはこう語る。

ジェレル牧師は妻と中高年夫婦のクラスを担当している(写真:Retsu Motoyoshi)

 これは全米に視点を広げても変わらない。ビンヤード・コロンバス教会のあるオハイオ州は製造業の衰退や移民の急増、家族の崩壊など様々な社会課題を抱えている。そういう問題が浮上するたびに、支援プログラムを拡充して社会に手を差し伸べてきた。

 伝統的な中小の教会が廃れていく一方で、社会のニーズに積極的に対応しようとしているメガチャーチ。貧弱なセーフティネットを教会が支えるという米国の構図は今に始まったことではないが、社会のゆがみが拡大する中でメガチャーチの果たしている役割は増している。コミュニティの相互扶助という本来の姿に戻りつつあるのであれば、それは歓迎すべき話だろう。

 もちろん、こういった善意は信者獲得の裏返しでもある。現場で取材した人々は一様にいい人たちだったが、私個人としては身内が新興宗教にハマった経験があるのでこの手の善意をストレートには信用しない。国全体で宗教離れが進んでいる中で、メガチャーチが社会を紡ぐ唯一の解だと言うつもりもない。

 そもそも、教会とは共同体に根ざしたもの。ショッピングモールよろしく広範囲から人を集めるメガチャーチはある意味でコミュニティから切り離されており、従来の教会とは本質的に異なっているようにも思える。

 聖書の教えに頑なで米国の世論を二分化する一因であるメガチャーチとエバンジェリカル。だが、信者や教会を見ていくと、ライトであるがゆえに人々を惹きつけ、コミュニティを支えているという現実もある。彼らに米国全体の舫い直しは可能なのだろうか。