地蔵堂の横には人形堂と呼ばれる別の伽藍がある。知らずに入れば、きっと背筋が凍るような光景を目にすることだろう。そこには、紋付袴姿の花婿と、白無垢の花嫁の衣装を着た夫婦の人形が無数に陳列されているのである。

 数十年が経過した古いものもあれば、ごく最近、持ち込まれたものもある。異様とも思える空間だが、これは未婚のまま亡くなった人が、あの世で結ばれるようにと、遺族が人形に願いを込めて安置したものだ。津軽地方特有の供養風習である。

人形堂には無数の夫婦人形が

 この賽の河原地蔵尊は、20名からなる地蔵講中(講)が管理・運営をする特殊な寺院である。講とは同じ信仰の集まり(結社)のことで、平安時代以降、全国に様々な講が出現する。地蔵講の他にも、えびす講や念仏講、題目講など様々な講が存在する。寺社への参拝を目的とする講は、伊勢講や熊野講、富士講などが有名である。

 賽の河原地蔵尊の場合、地蔵講が地域の僧侶を任命し、定期的にお勤めに来てもらう仕組みをとっている。日本の伝統仏教の寺院は宗門傘下の寺院がほとんどだが、賽の河原地蔵尊は極めて珍しい「地域の寺院」なのだ。

 賽の河原地蔵尊は、普段は参拝客の姿もあまりなくひっそりと静まり返っている。しかし、毎年7月には例大祭が実施され、大いに賑わう。実は例大祭の日には、地蔵堂の裏でイタコによる口寄せが行われるという。

 郷土史家の江刺家均によれば、川倉賽の河原地蔵尊で口寄せをするイタコは、先述した南部イタコとは別物で、「津軽イタコ」に区分されるという。現存する6人のイタコのうちの1人が、恐山には赴かず、ここ賽の河原地蔵尊で口寄せをしているのだという。

 地蔵講の理事長・中谷正(90)は長年、賽の河原地蔵尊のイタコを見守ってきたひとりだ。

 「30年ほど前までは、県内各地から多くのイタコが集まってきたものです。講中が地蔵堂の裏にイタコ小屋を構え、最大40人ほどのイタコが口寄せをしておりました。皆、目が見えなかったり、どこか体に障害を持っていたりする女性です。でも、数年前には10人ほどに減り、今年(2016年)は、わずか1人のイタコだけになりました。このイタコは弘前市に住む、田村明恵さんという方です。私は長年、彼女を見続けているけれど、本当に『当たる』んですよ」

 中谷は過去に何度か、田村明恵の口寄せの様子を観察したことがあるという。

 中谷の実姉が、亡くなった夫の口寄せを依頼した時のことだ。口寄せが始まるや、イタコは乱暴な声色に変わり、

 「いつも水ばかりを備えてやがって。酒が飲みたいのに。酒を供えろ。(あの世で)10人の友達がいて、いつも宴会をしている。もっと多くの盃と酒を備えろ」

 と語りかけたという。

 事前に明恵には、「夫は酒飲みだった」などという情報は伝えていなかったため、中谷や姉は心底、驚いたという。

 直近では、今年(2016年)の夏ことだ。ある参拝客が、地蔵堂の中に故人の洋服を奉納し、その後、弘前の明恵の自宅に赴いて口寄せを依頼したという。すると明恵は、

 「洋服を備えてくれてありがとう」

 と、事前に一切、情報を伝えていないにもかかわらず、事実をピタリと当てた。

 驚いたこの客は再び、賽の河原地蔵尊に戻って、改めて参拝をしたという。

 「ここにいると、不思議なことが度々あります」(中谷)

 筆者は2016(平成28)年12月、弘前へと足を向けた。