ここでは土着的宗教とも言えるシャーマニズムの世界を覗いてみたい。拙著「『霊魂』を探して」(KADOKAWA)の中で筆者は、青森のイタコや沖縄のユタなど、土着的に活動している祈祷師らを探し出し、実際に、呪術、祈祷してもらいながら対話を重ねた。現代に息づくシャーマンのリアルな姿をルポする。その前編。

 うっすらと雪が地表を覆い始めた12月中旬、筆者は青森県八戸市郊外の民家を訪れた。「最後のイタコ(巫女)」と呼ばれる松田広子(44)に会うためだ。

 松田は東北地方の南部(青森県東部、岩手県北中部)を拠点に活動する若きイタコ(南部イタコ)である。イタコは死者の霊魂を憑依させ、縁者と対話させる「口寄せ」で知られる。日本の伝統的なシャーマン(呪術師、霊媒師)の一種だ。イタコは口寄せのほかにも「お祓い」「占い」「神事」なども行う。「見えざる世界」との媒介者である。

 イタコに近い存在として、日本では沖縄地方のユタ(巫女)やノロ(祝女)、韓国では土着宗教ムーダン(巫堂)などがある。

韓国のムーダン
韓国のムーダン

「あの世ではどういう生活を?」

 玄関を開けると、松田が姿を現した。髪を後ろで束ねた、一見すると普通の40代の主婦だ。誘われたのは祭壇のある奥の座敷。白い法被を羽織った松田は奇妙な数珠を持っていた。その風情はいかにもシャーマン然としたものだ。辺りの空気がピンと張りつめた。

 数珠はムクロジの木でつくられた特殊なもの。両端には熊の爪やオオカミの骨、小動物の頭骨、古銭などがぶら下げてある。これは「魔除け」なのだという。

 女性は数珠をさすりながら筆者に、こう訪ねた。

 「どなたを(降ろしますか)?」

 筆者は20年前に母親をがんで亡くしている。

 「母をお願いします」

 母親の死因などの情報を口頭で簡単に伝え、さらに、紙に命日と享年を書いて渡した。

 やおら、般若心経が始まった。仏教の要素を取り入れていながら口寄せをするのか、と思っていたところ、次に意味不明の文言を唱え始めた。

 「閻魔大王」「三途の川」「六道」「地蔵様」「冥土」「念仏」などの仏教用語が辛うじて聞き取れるが、明らかに経文ではない。これは、「仏降ろし」と呼ばれる、イタコに伝承されてきた呪文なのだという。

 ジャリジャリ、ジャリジャリ……。数珠をこする音が大きくなる。松田は口寄せをする時にはこの特殊な数珠を使うが、その昔は太鼓を打ち鳴らしたり、弓の絃の部分を弾いて音を出しながら、仏降ろしをしたイタコもいたという。

 次に、和讃のような歌が始まった。

 〽極楽浄土の死出の山を急いで参る……

 松田の声が上ずり、ハイな状態になっていくのが分かる。声のトーンがやや高く変わったかと思った瞬間、筆者に語りかけてきた。

最年少のイタコ、松田広子
最年少のイタコ、松田広子

 「やーやー、よくよく気にかけてくれて、ここまで来てくれたなあ。呼んでくれて、有り難う。でもなあ、こんなにあっけなくこの世を旅立つとは思わなかった。(がんが発覚してから)なんだか、体があちこち痛むな、胃腸炎かなと思っていたけれど、大したことないと思っていた。だから、本当に悔しい思いがする。でも、気にかけてくれて本当にありがたい。親として、何もしてあげられなかったけれど、それなりに楽しく暮らすことができた。幸せだった、とひと言、言って、あの世に往きたかった。私は(あなたの)夢には出てこないけれど、あの世でもみんなのことを守っていますから。いい縁が付くように、あの世とこの世を行き来していますから、安心して暮らしてくださいますよう」(※松田に許可を取って録音したものを一部、編集した)

 "母"による一方通行の話は続き、最後にこう筆者に語りかけた。

 「何か聞きたいことはあるかな」

 筆者はすかさず、こう尋ねた。

 「あの世でどういう生活をしているの」

 「今はみんなの幸せを考えて暮らしていますよ。何か変わったことがあれば、すぐに皆様のところに飛んでいって、夢の中に出て知らせます。その時は3日間、十分注意をしてください」

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