「行方不明」と「オウム」と「SNS」

 なぜ、このような差が生まれるのだろう。そこで、両震災における比較をしてみた。

 まずは「行方不明者の数」である。

 東日本大震災は行方不明者2556人で、阪神大震災は2人だ。東日本大震災の場合は大津波が発生したために、行方不明者数が桁違いに多い。かたや阪神大震災は、建物の倒壊による圧死・窒息死が77%を占めている。そのため阪神大震災の場合は、比較的早期に遺体の確認ができた。

 行方不明者が多ければ多いほど、幽霊譚は多く出現するというのか。「行方不明者→遺体が存在しない→供養がされない(魂が鎮まらない)→幽霊現象、目撃談などが発生する」という論法は、飛躍がすぎるだろうか。

 社会の被災地に対する関心の大きさの違いという点にも注目して見た。

 阪神大震災後の報道は、しばらく震災情報一色であった。ところが2カ月ほどで急激に収束していく。同年3月20日の地下鉄サリン事件を皮切りにした、オウム真理教の一連の事件が勃発したからだ。

 警察庁長官狙撃事件(3月30日)、4月以降はオウム真理教幹部の続々逮捕に加え、幹部・村井秀夫の刺殺事件(4月23日)、さらには教祖麻原彰晃の逮捕(5月16日)と、オウム報道一色になる。さらに、6月21日には全日空機ハイジャック、7月30日には八王子スーパー強盗殺人事件など。1995(平成7)年は、過去例に見ないほどの重大災害、事件が相次いだ年であった。阪神大震災の新聞報道は、次第にニュースバリューを失い、大衆の関心も失われていく。

 東日本大震災後の報道は、福島第一原発事故が尾を引いたこともあり、全国紙の場合、6~7カ月に渡って第1面、あるいは社会面トップの扱いが継続した。社会の関心度という点では、はるかに東日本大震災のほうが大きかったと言えるだろう。

 続いて「噂」を構成する情報伝達手段にも着目したい。1995年から2011年の間で、通信インフラがめまぐるしく進歩したからだ。

 情報の伝え手は1995年時点ではテレビ・ラジオ・新聞・雑誌の既存メディアが独占していたが、2011年は既存メディアの他に、インターネットが情報の発信源として大きな役割を果たしている。

 1995年当時の通信環境は携帯電話の普及率が9.6%(1995年末時点、総務省調べ)であり、インターネットの人口普及率は3.3%(1996年)だった。ちなみにヤフー・ジャパンのサービスの開始が1996(平成8)年、グーグルの日本語が始まったのが2000(平成12)年である。

 「噂」に大きな影響を与えるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の誕生は、2004(平成16)年だ(mixi、Amebaブログ、GREEがサービス開始)。東日本大震災後の幽霊報道が過熱した2013(平成25)年末時点でのインターネット人口普及率は83%(総務省)、SNS利用率は56.4%(ICT総研調べ)である。

 つまり、両震災では「噂」を拡大させる情報の伝達環境がまるで異なっている。阪神大震災後は、せいぜい口コミで噂が広がっていくしかなかった。幽霊譚が東北被災地で相次いだ理由は大量の行方不明者がまだ見つかっていない社会不安の状況の中で、SNSが幽霊の噂を撹拌し、広げていった側面は否定できないだろう。

※本記事は、2018年2月22日刊行の書籍『「霊魂」を探して』(鵜飼秀徳著、KADOKAWA、1600円)より一部を再編集したものです。

3月11日で東日本大震災から7年を迎えます。被災地の復興が進む一方、関心や支援の熱が冷めたという話もあちこちから聞こえてきます。記憶の風化が進みつつある今だからこそ、大震災の発生したあの時、そして被災地の今について、考えてみる必要があるのではないでしょうか。

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