幻聴が救済に

 先出の林香寺の住職で、精神科・心療内科の医師川野泰周は東日本大震災時の霊魂現象について、冷静に話してくれた。川野はボランティアの精神医として、震災直後に現地に入った経験を持つ。

 川野は、被災者の心のあり方によって、「見えざるものが見える」ことがありうる、と話す。精神医学で言えば、脳内伝達物質のドーパミンが過剰に分泌されることで、幻聴や幻視などの異常体験を引き起こすことがあるというのだ。

 「東日本大震災後は、多くの人がASD(急性ストレス障害)になっていたと考えられます。ASDは多くが自然治癒しますが、慢性的になっていくとPTSD(心的外傷後ストレス障害)になります。またASD状態の人の中には、一時的に統合失調症のような状態に陥る人もおられます。このような状態は『急性一過性精神病性障害』と呼ばれます。そうした人は、場合によっては幻覚・妄想を見ることが知られています。さらに、被災地における不思議体験のもうひとつの原因として、脳の防衛反応が挙げられます。つまり、起きたことに対して整合性を取ろうとする脳の働きのこと。例えば『自分はなぜ、こういう不遇な目に遭わなければならなかったのか』という疑問に答えるためのストーリーを自分の中に作り出します。もし、肉親を亡くされた、人が流されるところを見た、などという強いストレスを抱えていた被災者が不思議体験をした、ということになると、これは科学的に説明がつくのではないかと思います」

 そうした川野の被災地での体験談として、ひとつの例を挙げてくれた。ある肉親を亡くした被災者が、遺体安置所となっている体育館にひとりでいた時、どこからともなく、すすり泣きが聞こえてきたというのだ。

 「非業の死を遂げられた方の辛い思いを共有したい気持ちが、すすり泣きが聞こえるという形で聞こえた、ということだと思います。いわゆる幻聴ということで説明がつけられそうです」

 だが、と川野は続ける。

 「実は被災地における霊魂現象は、遺族にとって何らかの心の救済になっているということです。その特徴として、見たという人が怖がっていないということが言えます。被災地で聞かれた異常体験って、何らかの結論を見出そうとするのが特徴だったように思えるのです。つまり『幽霊として出てきてくれたことに何らかのメッセージがあったに違いない』『遠くで私を見守っていてくれているんだ』など。これは、故人や自分に対しての慈悲の心の芽生えだと思います。慈悲の芽生えは、信仰にもつながっていきます。そんな故人を供養したいという思いを抱く人や、悲しみを乗り越えていく過程で『すがりたい』と考える人もいるでしょうから。震災での一連の不思議現象を見聞きすると、まさに日本的な宗教観だなあ、と感じずにはいられません」