寄り添う者、憤る者

 前置きが長くなったが、さて、筆者が実施した「霊魂に関するアンケート」から、震災後の霊魂現象を読み解きたい。

 震災後、多くの全国の僧侶たちは被災地に入り、ボランティア、宗教活動を実施した。アンケートの設問8では、僧侶に対し、被災地に赴いたことがあるかどうかを聞いているが、約半数の僧侶(396人、53%)が被災地で何らかの活動を実施したと回答している。

 そこで現場に入った僧侶のうち、「現場で霊魂に関する話を聞いたり、見たりしたことがあるか」との問いをしてみた。「ある」と回答したのは122人(31.1%)であった。確かに、新聞記事同様に、僧侶の多くが被災地で幽霊現象を経験していた。

 具体的には、現地人から僧侶が相談を受けた話として、

 「夜に人間の形をした影が歩いていた」

 「車が(人に)ぶつかりそうになったが、確認すると誰もいなかった」

 などの記述での回答があったほか、僧侶自身の直接的な体験談も寄せられた。

 「陸前高田にある真言宗寺院で慰霊法要をしている際に、突然、潮の香りが漂ってきたかと思いきや、大雨が降りだした」(近畿地方の真言宗僧侶自身の体験)

 「被災地に入って金縛りや、異音を聞くなどをした」(東京都の浄土宗僧侶)

 アンケートでの記述を見る限り、印象としては「見間違い」「偶然でもありえる」感は否めない。しかしながら、東北被災地における霊的な現象に対し、宗教や宗派を超えて「鎮魂」の儀式をしている例は枚挙に遑がない。

 宮城県栗原市の曹洞宗・通大寺の住職、金田諦應は震災後、被災地で急増する幽霊現象に対して、沿岸を歩き、海に向かって経を唱える「鎮魂行脚」を続けてきた。

 2012(平成24)年、筆者は通大寺を訪れ、金田に取材をしている。

 「幽霊を見た、という人がいるのだから、宗教家はそれに寄り添わなければならない。仮にそれは幻影だとしても、そうした幻が消え、周りに支え合う人たちがいると気づいた時に真の復興は訪れると思う」

 と語っている。

 被災地では、幽霊現象の体験談が多く存在するのは事実だ。

 ただし、ここで言い添えておかなければならないことがある。被災地における「霊魂譚」に疑いを持っている宗教家もまた、多く存在するということである。

 宮城県仙台市にある慈恩寺は今でも2カ月に一度、震災遺族らが本堂に集まる機会を設けているという。震災後1年ほどは行方不明のままの人も多く、当時は肉親が寺を訪れては、

 「うちの人がどこにいるのか。どこかで彷徨っているのではないか」

 「孫を亡くしたが、(孫は)今、どこにいるのでしょうか。どこかで苦しんでいるのではないか」

 などと相談してきたという。

 その時、仙台市内の浄土宗僧侶、山口方生(仮名)はこう返す。

 「大丈夫だよ。お念仏したんだから。阿弥陀さんが極楽にちゃんと連れていってくれるから」

 山口は、被災地で幽霊話が蔓延する状況に、憤りを隠せない。

 「マスコミは、被災地では幽霊がうようよしているというような表現を使いますが、そんな事実はない。私自身、ほとんどそういう話を聞かないですよ。宗教家がメディア報道に取り込まれ、一緒になってあおっていることにも危惧を感じています。当然、あれだけの方が亡くなったわけだから、大衆心理的に噂が流布していくのはありえる話。しかし、あくまでも噂レベルの話です」