幽霊の無賃乗車
朝日新聞は2012年11月19日付夕刊で、「切ない思い姿を変えて 『相思相愛だから現れる』幽霊目撃談、被災地で」と見出しを打ち、1387文字の特集記事を掲載した。宮城県内の曹洞宗寺院の住職の元に、幽霊の目撃談が寄せられているという文脈である。ある男性がこの住職に、
「そこを通ると、何か黒いものが見えて、ゾクッと寒気がするんです」
と訴えてきたという。
またある少女からの相談として、津波にのまれた叔父がソファに座っているのを見たとの目撃談を紹介している。
朝日の記事では、東北では「かっぱ」「妖怪」など民俗学的な伝承が古くから受け継がれてきている地域文化にも触れつつ、
「いま被災地で見られるような幽霊は、具体的な死者を念頭に置いた、まだ生々しい個人的なものだ」
と結んでいる。
2013(平成25)年12月31日には朝日新聞朝刊が、東北大学が実施した「霊魂に関する調査結果」を記事にした。これは東北大学の高橋原准教授らのグループが、宮城県内の寺院や神社、教会などの宗教法人1400施設に対し、どれくらい「霊的」あるいは「不思議」体験をしたかを調査したものだ。霊的な体験をした人に出会ったとする回答は、276人のうち69人であった。
この時点で、被災地の幽霊譚が「うわさ報道」のレベルから、学術調査的なステージへと転換した。
2016(平成28)年1月20日付朝日新聞朝刊では、東北学院大学生が、石巻市内のタクシー運転手が体験した「幽霊現象」をテーマに卒業論文を書いたことを報じた。
この女子学生は1年間に渡るフィールドワークで、被災地を拠点にするタクシー運転手から証言を引き出している。タクシーの場合、誰かを乗せれば「実車」扱いになり、メーターに記録される。仮に、幽霊を乗せた場合は、無賃乗車扱いになり、運転手が弁償することになる。学生に対し、「不足金あり」との乗車日報を見せてくれた運転手もいたという。
この報道は全国の新聞各社、テレビ局などがこぞって取り上げた。被災地における幽霊譚は、「客観的な裏付け」が得られた形になり、いよいよ「現実味」を帯び出してきたからだ。
2016年2月24日には、東北学院大学で緊急シンポジウム「霊性を読み解く タクシーの幽霊現象の反響と課題」が実施され、22社ものメディアが取材に訪れたという。シンポジウムの模様は地元NHK仙台などが報道した。
報道の過熱を受け、東北学院大学ではホームページ上で「タクシードライバーの紹介は致しかねます。各地でこうした取材が行われていると伝えられていますが、本学やゼミでは一切情報公開していません」とのお断りまで掲載している。東北で一時期、いかに幽霊報道が過熱していたかが伺えるエピソードだ。
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