墓に、見知らぬ骨壺

 神戸市西区の高速道路料金所で2013(平成25)年4月、ゴミ箱に入れられた火葬後の遺骨が見つかった。神戸市西署は後に親族の男性を死体遺棄容疑で書類送検した。

 2015(平成27)年4月には、東京都練馬区のスーパーの屋外トイレで、人の頭蓋骨が見つかったとのニュースが流れた。同じく、骨は火葬後のものだった。当時、スーパー営業中で、不特定多数の客がトイレを頻繁に利用している。犯人は、処置に困った遺骨を遺棄して逃走したとみられる。いずれも、悪質極まりない事件だ。

 遺骨の遺棄は、人目に晒される電車内でもしばしば行われている。網棚に骨壺を乗せ、そのまま置き忘れたフリをして去ってゆくのだ。火葬後の骨壷には、火葬許可証が入れられているものだが、置き忘れ遺骨は身元が分からぬように抜き取られている。だから、故意に遺骨を捨てていることがわかる。

 「鉄道会社が、どこかの寺院に持っていってくれて無縁仏として供養してくれれば」

 おそらく、遺棄者にはそんな故人に対する微かな供養心すら、持っていないのではないか。

 毎日新聞2017(平成29)年9月9日付大阪版朝刊は、人の遺骨が2016(平成28)年までの3年間で落し物として全国の警察に計203件届けられ、うち8割以上の166件は落とし主が見つかっていないと報じた。最多は大阪府で36件。寺院や墓地で拾われたケースが多いが駅のコインロッカーや図書館に放置されたものもあったという。こうした引き取り手のない遺骨は警察から依頼された寺などで無縁仏として供養される。

 遺骨の遺棄を"完全犯罪"に仕立てようとする輩もいる。

 他人の墓の中に、勝手に"納骨"するのだ。私も間接的に、墓地への遺骨遺棄を耳にしたことがある。ある寺の檀家が四十九日法要を終えて納骨する際、納骨室を開けてみると、見知らぬ骨壺が入っていたというのだ。

 人目に付きにくい大規模霊園では、墓参りを装えば、誰でも納骨は簡単にできてしまう。墓にカギでもつけておかない限りは、このような遺骨遺棄を防ぐことは難しいだろう。

 骨壷を電車の網棚に置いてそのまま逃げ去る、スーパーのトイレで、汚物同様に遺骨を流してしまう。他人の墓を暴き、勝手に納骨する――。

 そんな、カミやホトケも畏れぬニュースを聞くにつれ、即物主義の広まりとともに、死や霊魂の存在を信じられない社会が急激に広がってきているのではと、危惧を覚えてしまう。

 だが一方で、将門の首塚をはじめとする怨霊信仰が未だに都市に根付いていること、各地に残される寺社仏閣に手を合わせに訪れる者が絶えないことも、知っている。

 日本人のDNAの中には、見えざるものを感じる豊かな精神文化が生き付いていると信じたい。だが、普段の生活に忙殺されていたり、幸福感に浸っていたりする人は、死や霊魂に思いを馳せることは、あまりないかもしれない。

※本記事は、2018年2月22日刊行の書籍『「霊魂」を探して』(鵜飼秀徳著、KADOKAWA、1600円)より一部を再編集したものです。