米国は「人種のサラダボウル」

サッカースクールが終わると、子供たちのユニフォームにサインした(写真:HONDA ESTILO)
サッカースクールが終わると、子供たちのユニフォームにサインした(写真:HONDA ESTILO)

 面白いエピソードがある。本田のマネージャーを務め、現在彼が実質オーナーを務めるオーストリア3部のサッカークラブ、SVホルンのCEO(最高経営責任者)も務める神田康範が語る。

 「本田はアメリカでサッカーが競技としてリスペクトされていない現状に、目を向けているのです。数年前からオフの度に本田はアメリカを訪れるようになりましたが、いつもタクシーに乗る度に運転手さんに『なんでサッカーは面白くないと思うのか?』とリサーチして回っていたんですよ。『オフサイドの意味が分からない』とか、『点が全然入らないじゃないか』とか、いろんなヒヤリングができた中で、本田は『それならアメリカでは独自のサッカーのルールを作って、独自のリーグを始めるのも面白い』なんてことを言っていました」

 「冷静に考えて、一人の個人の力でサッカーをアメリカで人気スポーツにまで押し上げることは難しい。僕もアメリカに住んで、働いた経験もあるので、その難しさは分かります。最初に本田からそんな話を聞いた時にも、正直『普通じゃないな』とも思いました(笑)。でも、これも住んでいたから分かることなんですが、アメリカは他の地域と違って、『よその人間が偉そうに』みたいな見方や感覚は少ない。人種のサラダボウルですから、面白いことであれば外国人であれどんどん受け入れてくれる国です。だから、本田のような発想で我々が勝負に出ることも、実は『あり』だなと今は思えています」

 フロンティア・スピリット(開拓者精神)なんて言葉は少々古めかしいかもしれないが、階級社会が今も残るヨーロッパなどと比べ、今もアメリカにはよそ者のチャレンジを受けとめる度量がある。

 本田は、既に小学生時代から卒業文集でサッカーワールドカップ(W杯)優勝を“公言”するほど、挑戦して成り上がることを強烈に意識してきた。自ずと、彼の生き方の本能的な部分が、彼の国との距離を縮めている。

サッカーでの成功はその後の人生の足がかりになればいい

 「実は、元々アメリカにはいつか行きたいと考えていたんですよ。自分は昔からサッカー選手で世界一を目指すという目標のもとで歩んできて、プロに入ってからはさらに心の底でアメリカに興味を持っていた。『あそこは自由の国や』と。『日本人の自分でも、勝負できる』と。僕の中では、サッカー選手で有名になるとか成功するというのは、実はその後の人生の足がかりになればいいという考えがあるんです」

 「前も話したと思うんですけど、選手の期間は自分にとっては人生のウォーミングアップ。もちろんサッカー選手は小さい頃の夢だったので、いろんなことを度外視して単純に一番になりたいという思いもあります。でも、今は確実に、サッカー選手以外の自分が芽生えてきて。自分にとっては、『人生の本番はむしろここからやぞ』という思いが強くなっている」

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