「私は選手との距離を置き、威厳で引っ張っていくようなカリスマタイプではありません。もちろん何かあったら責任は取るという覚悟はありますが。だからより一層、コーチ・スタッフとのコミュニケーションが重要になるのです」

「私はカリスマではない」と繰り返す森保監督(写真左)。若手選手にも進んで話しかけに行く(撮影:東木場 昭裕)

 4年間で3度の優勝という輝かしい実績ばかりが取りざたされるが、最初から順風満帆だったわけではない。むしろ森保監督が就任した2012年はサンフレッチェにとって、どん底の時期だった。

 サンフレッチェは20億円を超える累積赤字を解消するため、99%の減資と第三者割当増資をほぼ同時に決断。Jリーグは同年、債務超過や3年連続赤字のチームのクラブライセンスを剥奪する「クラブライセンス制度」を導入することが決まっており、財政健全化の必要性が生じたことが最大の理由だったが、それだけではない。

「今でもJ1残留が目標。クリアすれば純粋に高みを目指せるから」

 「サンフレッチェが地域に根ざした本当に誇れるチームになるため、大変でもこのタイミングで抜本的な手を打たないといけないと決意した」。サンフレッチェ会長で家電量販大手エディオン社長の久保允誉氏は、累積赤字の一掃をきっかけに身の丈に合った経営へと本格的に舵を切ることを決めた。

 そこで久保氏は高給を支払っていた当時のペトロビッチ監督(現浦和レッズ監督)との契約を更新せず、サンフレッチェの生え抜きだった森保監督に白羽の矢を立てた。久保氏は言う。「監督経験がないことから周りは心配したよ。『またJ2に降格するのじゃないか』とも言われた。けれど森保以外には考えられなかった。彼ほどサッカーに対して真面目な人間はいないよ」。

 公式雑誌「紫熊倶楽部」の中野和也編集長は、森保監督が就任初シーズンにいきなり優勝できた理由について、「新しい監督は往々にして前任者の否定から入ることが多いが、森保監督は違った。ペトロビッチ前監督が作り上げた攻撃的サッカーという遺産をしっかりと継続した。そこが素晴らしい。サッカーに対して真摯だからこそ可能だったのだと思う」と説明する。

 森保監督に2012年の優勝について尋ねた。

 「そりゃ、あの時に優勝できる自信なんてなかったよ。今でも目標はJ1に残留できるボーダーラインである勝ち点40の獲得だと考えています。結果的に監督を務めた4年間で3度優勝したので、『なんだそれは』と思われるかもしれませんけど。この世界にいる限り、どこのチームももちろん優勝を目指して頑張っています。けれど優勝は現実的な目標ではない。1節でも早く目標の勝ち点40をクリアできれば、その後は純粋に高みだけを目指すことができます。常に今を見続けることができる。それが重要なのです」