横井:この間に人口構成も変わり、介護保険制度もできていますし、いわゆる要介護、当時は要介護という言葉自体なかったわけですけれども、要介護、要支援を入れると、今、634万人でしたっけ。今我々が直面するかなりの問題が、番組の中で既に提示されているんですよね。

松浦:大変先駆的な仕事だったんだ。

横井:ええ。私がこの番組をやるに当たって、またあらためて何度も見たんですけど、そのときに、「あ、実はやっぱりもうこの頃から分かっていたんだな、こういうことが起こるのを社会として放置してきたんだな」と思わされたんです。ずっと社会として対応しきれなかった理由は何なんだろうな、というのを、自分が制作するに当たってすごく考えさせられました。

松浦:たぶん「介護本」が基本的に売れないのと同じ理由じゃないでしょうか。「介護」という言葉に行き当たると、ふっと目をそむけちゃうんだな。自分もそうだったように。

横井:介護保険制度ができたというのはエポックではあるんですけれども。

 介護保険制度自体、いろいろ欠点が指摘されていますけれど、介護から目を背けたい社会の中で、固定観念とか偏見と闘って、何とかここら辺までは持ってきた、というのが、もしかしたら本当のところかもしれませんね。

ケアマネは介護者の心の支えになれるか?

 ところで、松浦さんの「介護ライド」の場合は、息の合うヘルパーさんやケアマネージャーさんが、松浦さんを精神的な面を含めてかなり支えてくれたわけですが、こういう事例は横井さんのご取材ではいかがでしたか。

横井:一概に一般化はできないと思うんですけれども、松浦さんのケースとはちょっと違うなというのは、「あのヘルパーさんがいて助かった」「あのケアマネジャーがいて話せてよかった」という人は、取材ではあまり出会えていません。これは、人材のレベルがどう、ということではなく、本当に巡り合わせみたいなところかもしれないんですけれども。

 松浦さんにとっての「Tさん」のような出会いはそうはないのかもしれない。

横井:ええ。「ケアマネさんがすごくいろいろやってくれた」という方もいらっしゃるんですよ。でも、精神面の辛さまで受け止めてくれるわけじゃない。それは当たり前なんです。制度としてそうなっていて、「ケアラーをケアする」のはケアマネさんやヘルパーさんのお仕事ではありませんから。

 なるほど…。

松浦:本に書いてないことで1つあるとすれば、僕は取材を仕事としています。ですから、介護をせざるを得なくなったときに、「情報を持っている人」から、本能的に情報を取ろうとした。ケアマネさんにしても、ヘルパーさんにしても、僕の感覚では取材先です。そういう態度が、ひょっとすると結果的によかったのかもしれません。

 サービスを受ける側、というより、相手の話を聞く姿勢で。

松浦:説明を受けるときの僕の態度は、取材している、だったんですよね。本に出てくるKさんというヘルパーさんがたいへん話好きの方で、そういう人に集中的に聞いていったことが、結果的にはコミュニケーションを取ることになっていたのかもしれないです。

 面白いですね。

O氏:ただ、これもまた個人的な相性ですよね。話をしたがらない方もいるでしょうし、ビジネスライクでないとつきあえない、という方もいるでしょう。

横井:そうですね。やっぱり、介護関係者と介護者が、愚痴も含めて言う関係にまではなかなか発展していかない。介護保険で外部の力を借りることで、介護者は、労働という意味ではもちろん楽になっているんだけれども、やっぱり心は休まらないという声が多かったと思います。

 心にリーチするというのはなかなか難しいんですよね。逆に、外形的なリーチというのは、今回の取材で、僕らがちょっと驚くぐらい、されていたんです。イメージとして、介護保険を利用せずに社会的に孤立していくパターンだろうと思っていたのですが、実は大多数はそうではなくて、リーチはかけられている、ケアマネさんもいて、ヘルパーさんもいて、日常的に入っているし、ショートステイへ行ったり、デイサービスへ行っていると。