横井:今思い出しましたけど、番組の後にも、「こういう番組をやってくれてありがとう」と、介護をされている方からの反響があって、やっぱりここまでの状況になっているんだ、と改めて感じました。

 実は最初、我々がこの企画で、介護殺人の当事者の方の声を聞こう、と考えたときに、「殺人を肯定しているのか」というご批判が寄せられるかもしれない、と、結構構えていたんですね。

松浦:なるほど。

横井:そこで、そういうご意見をいただいたときに、どうお返事するかをかなり綿密に検討してあったのですけれど、放映後にそういう声はすごく少なくて、むしろ「ここまで追い詰められている状況が、この世の中にたくさんあるんだということを知った。やってくれてありがとう」という声をいただいたんです。

 見方を変えれば、これは、それぐらい介護の辛さが、社会の中で共有されてないという思いを、介護されている方は抱いていらっしゃることでもありますよね。

 松浦さんの連載へのコメント欄でも、同じ印象を受けます。

横井:苦しさが共有されてない理由の一つは、やっぱり介護は、すごくプライバシーにかかわる領域で、それを酒席とか昼休みに、同僚や上司に話していいものなのかどうか。そういった心理的な壁もものすごく大きいと思うんですよ。

松浦:そうですね。男性は特に。

横井:どうやって取っ払うのか。もちろん周囲が受け止めてないということもあるし、一方でやっぱり本人にも壁がある。

 自分も辛いし、ある意味で(介護は)恥ずかしいことなんじゃないか、向こうはそう思っているんじゃないか、と萎縮します。周囲も、踏み込んで聞いていいのかどうか分からない。両側で、心理的な壁がすごく厚い。

松浦:男女の違いもあるみたいですけれどね。取材を受けた中で、女性記者から取材されて、「何で周囲に話さなかったんですか」と聞かれて往生したときがあったんです。

 そうそう。あの通信社の方。松浦さんにガンガン突っ込んでましたね。

松浦:「自分も父親を3人姉妹で介護して、我が儘ばかり言うから『もうお父さん、死ねばいいのに』って、毎日言っていた」とか(笑)。

横井:そもそも、介護している方の7割は女性で、それはそれで問題ですが、周囲に比較的言いやすいというのももちろんあると思うんです。けれど、男性同士でも「いや、うちなんかこうで」「うちはもう本当にこうで」と、普通に話せるようにならないと。

松浦:それは大事なのかもしれませんね。まず、普通の生活の中で介護について話すのが「当たり前のこと」になることが必要です。そうなれば自分が介護に直面したときに相談も出来るし、会話の記憶を通して、何をすればいいのかを思いつくこともできるでしょう。

1991年放映のドキュメンタリー

横井:本の最初に書きましたが、この企画の先にあった1991年放映のドキュメンタリー「NHKスペシャル 二人だけで生きたかった ~老夫婦心中事件の周辺~」。

松浦:実は私もあの番組を放送当時にリアルタイムで見てまして。――バブル崩壊の直後…30年近く前になるのか―― 強い衝撃を受けました。認知症になった66歳の妻を介護していた77歳の夫が、遺書を残して故郷の近くに旅に出て、入水自殺をする……。

横井:あれはNHKの中でも語り継がれている番組でして、私も何度も何度も繰り返し見たんです。

松浦:当時取り上げたのは、あのケースがたぶんレアだという意識があったんじゃないかなと思うのですが、30年近く経って、それこそ統計的に処理できる数のところまできている。ものすごい時代の変化を感じますね。