松浦:はい。

横井:私はやっぱりあれが大きな一線というのか、周囲とこういう関係性がある人とない人との差、というか。今日ぜひ伺ってみたいなと思っていたんですけれども、そこがとても大きかったのかなと思うんです。当事者の方の話をたくさん聞いてきましたが、松浦さんのご兄妹とのようなつながりがある方は少数でした。

松浦:それはそうかもしれません。でも、そういう関係性が生まれるには前段があるんですよ。母が認知症を発症してから、とにかく週に1回、ドイツの妹とネットでつないで、孫の顔を見せればなにかの刺激になるのではないかと定時連絡をしていた。それが伏線といえば伏線です。

横井:なるほど。当事者の方々の中には、そういうつながりを持ってない方もいらっしゃいましたし、あるいは「これは自分の責任なんだ、自分がやらなきゃいけないことなんだ」と、兄弟であったり、家族であってもなかなか負担の重さを言えない方もいまして、そこは本当に、今回読ませていただいて、気付かされるところでした。

松浦:でも、本の一番最初のお話では、介護の主力だったお兄さんがどうしようもなくなったところに、失職していた弟さんが帰ってきて、この弟さんが介護殺人をしてしまう…。

横井:はい、そうですね。

松浦:この最初のケースだけでも「介護は、やはり家族だけじゃだめなんだな」と、思わされたんです。公的でも私的でもいいから、家の外側にいろいろな方向に根を張った形でコミュニケーションを広げていかないと、ストレスの増加は止まらんのだな、という。

 一人でやっている、誰にも分かってもらえない、時間と体力気力を奪われ、社会から置いていかれる。そして看病ではなくて介護ですから、状況は必ず悪化していく。これに家族のみで耐えられる人はほとんどいないと思います。

横井:そうですね。この弟さんも介護サービスは使っていたんですよね。

松浦:そうですね。マンパワー的な面では外部の力を使っていた。

横井:ええ。ただ、なかなか弟さんの孤独感は癒やされなかった。特に失業されていたりとか、ちょっと複雑な状況もあって、なかなか自分から「つらい」とか、言い出せる状況ではなかった、ある種の負い目のようなものもそもそも感じておられて、それで……。この方もそうですが、失業状態のときに介護を任される、というケースは実は多いんですよね。

松浦:「お前、暇だろう」みたいな。

横井:ええ。やはり正社員で仕事をしている人を介護のために辞めさせるというのは、ほかの家族にも抵抗感がある。そうすると、「あ、お前、仕事してないんだったらちょっとやってよ」というふうになる。あるいは、「あなたは主婦だよね」「あなたはパートだよね」「派遣だよね」、と。

松浦:そうですね。

介護を始めてからあっという間に

横井:この弟さんの場合は、働けないこと自体にストレスを感じているところへ、もう1つ家庭側からストレスがかかる形になってしまった。そして、介護を始めてからあっという間に終末に至ってしまった。

松浦:2カ月でしたか。

横井:ええ。すごく短かったですね。

松浦:ご著書に掲載されたケースではどれも、介護の始まりから殺人に至るまでの時間が比較的短いように思えます。それはひょっとすると、認知症の進行度合いも影響していて、進行が速い方が周りに与える影響が深刻なんじゃないでしょうか。

横井:はい。これは松浦さんの本を読んでも「やはり」と感じましたが、最初に母親が要介護になったと気づく時と、その後の体調の大きな変化、このふたつの影響がものすごく大きい。この事件で取材させていただいた方も、最初のショックと、一気に生活が変わることのショックに耐えられなかった。

 我々は当初、介護殺人というのは、5年、10年と経つうちに、介護している方が次第に追い詰められて、というような感じかなと思っていたんですね。ところが実は短い期間で殺人に至るケースが多い。短時間のうちに急激にかかるストレス、というのが非常に堪えるのだな、と気づきました。なので、松浦さんの本でも、2年半という中のこの凝縮された負担の大きさが、我々が取材した方々とちょっと重なるところがあるなと、大変失礼ですが、そう思いながら読ませていただきました。

松浦:いえいえ。実は自分自身、介護が一段落ついた時点では「10年かかった人よりは幸運であり、ましであったのだろう」と考えていたんです。これを読んで、ああ、必ずしもそうではないな。むしろ急速にくる方が実はきついんだな、ということを知りました。

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