「気が付くと私は、母の頬を平手打ちしていた。」

 本連載の「果てなき介護に疲れ、ついに母に手をあげた日 ~母の“意外な”反応と、介護者側の暴力への対応策」で、著者の松浦晋也さんが自らの行いを冷静に描いたこの場面には、読者の皆様からも大きな反響と「もし自分だったら」という、多くの自省のコメントをいただいた。

 家族が介護をするストレスは、これまでも語られてきた。しかし「介護ということそのものに目を向けたくない」という、我々の心理が、そこに正対することを妨げてきたように思える。

 今回、松浦さんと対談していただくのは、日本放送協会(NHK)大阪放送局報道部(報道番組)の横井秀信チーフ・プロデューサー。横井さんは、2016年放映の「“介護殺人”当事者たちの告白」の制作を指揮したひとり。「どこにでもいる普通の人が、介護疲れの果てに、 家族の命を奪ってしまう悲劇」が相次いでいることを、広く番組を通じて訴え、その内容が単行本になった(『「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白』)。

 当たり前の話だが、親のいない人間はこの世にいない。

 親が存命である限り、我々の誰にでも、松浦さんや、あるいはこの番組に登場した人々の立場に置かれる可能性があるのだ。私は、あなたは、踏みとどまることができるだろうか。

(構成:編集Y)

自分も紙一重だった、と思いました

松浦:『「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白』、読ませてもらいました。とても重要なことが書いてあると思います。僕の場合は、自分自身の母親の介護体験があって、その後に読んでいるので、『ああ、そうか』と思うところが沢山ありました。いやもう、本当に実感として自分も紙一重だったな、と。

 たぶん僕もあのまま自宅で介護をしていたら、ひょっとしたら…可能性がありました。それを踏み越えてしまった人の話をこういう形で読むことになるとは。大変な労作ですね。

横井:ありがとうございます。

松浦:一線を踏み越えるかどうか、本当にちょっとの差なんですよね。越えてしまった人は、別にエキセントリックでも異常な人でも何でもない。そのことが、本当に染みたというか、腑に落ちたというか。「やっぱりそうなのか」です。

横井:取材させていただいた当事者の方も、本当に普通といいますか、かつて会社員として第一線でバリバリ働いていた方であったり、あるいはそういう方を支える専業主婦の方だったり、どこにでもいらっしゃるような方だったんですね。それは、今回取材させていただいた中で共通しています。

 そして、皆さんすごく熱心に介護をされる方だったんですね。これも、完全に共通していたと思います。

松浦:そうなんです。ちゃらんぽらんな人だったら介護から逃げるんですよね。責任感の強い人ほど真正面から受け止めて、熱心に介護して、そして受け止め切れなくなってしまう。

横井:松浦さんの『母さん、ごめん。』を読ませていただいて、本当に松浦さんとお母様との関係の親密さに涙がにじんでくるんですけど、お母様を平手打ちした日の夜に、妹さんから「LINE」が入って、そこで松浦さんが「やってしまった」と打ち明けるエピソードがあったじゃないですか。