思い出してみると、原稿を最初に読む身としても、この回で、Skypeで妹さんからメッセージが入ったところで、もう詰めに詰めていた息がどわっと抜けるような、「ああ、よくここを書いてくれました。このままだとページが閉じられませんでした」という感じでしたから。

松浦:そうなの?

小澤:そうでしょうね。

松浦:でもあれは、だから、本当に、私としては……本当にそうだったからそう書いているだけなんですけど。

小澤:科学技術の取材をずっとされてきた方らしく、感情に訴える言葉があまり入ってないんですよ。厳しいことを淡々と、なんですよね。事実に基づいて、リアリズムで書いている。小説家であれば思い切り盛りこむであろう感情表現をすごく抑えているんですね。お目にかかっても「ああ、やっぱりそういう方なのかな」と感じました。

松浦:そうですか。

以前「人そのものじゃなくて、人がやってきたことに興味がある」とおっしゃっていましたね。

松浦:そうですね。人というのはみんな個性があるようで、実は大局的に見るとそれほど大きな違いはない、という感覚が私にはあります。逆に、離れてみると、今度は全体としての統計的な性質みたいなものが見えてきて、それこそ人間の本質じゃないかという気がしていますね。

小澤:俯瞰的に見るんですね。

松浦:それでも、そこからぎゅっと例えば1人の人間にフォーカスすると、そこに個性は必ずあるわけで。たぶんそうやってふわっと見えるものが、その人の人間性だろう、そんな感じで僕は本を書いています。

松浦さんを支えたものは何ですか?

小澤:これをぜひ聞いてみたかったのが、振り返ってみて、そんな松浦さんの一番支えになったものって何なんですか。

松浦:支えですか。

小澤:いろいろと振り返ってみて、いろいろなステージ、フェーズがあると思うんですね。「原状復帰は不可能だ」と認めざるを得なかった時期から、だんだん悪循環になっていった時期。そして本当にもう崩れかけた時期、いろいろあると思うんですけれども、振り返ってみて一番つらかったときに支えになったものというのは。

松浦:うーん、私の場合はまず、1つは弟妹が2人いたということ。もう1つは、入ってくれたケアマネージャー(以下ケアマネ)さん、ヘルパーさんとの相性がよかったことかもしれません。その2つです。そういう意味では、人に支えられたというのが確かなところですね。

小澤:人に支えられたんですね。

松浦:そうですね。

小澤:まずはご兄弟。妹さんはドイツ在住でしたね。弟さんとは普段から比較的行き来はあったんでしょうか。

松浦:わりと浅かったんです。年齢の近い男兄弟はだいたいぶつかり合うもので、疎遠だったんですけど、彼は一番肝心なところで一番いい仕事をしてくれた。僕が自力介護の限界に来て、もう完全に視野狭窄に陥ってどうにもならなくなっているときに、「公的介護というものがあるんだ。何も知らんのか」みたいな感じで、ばっとやってきて全部その辺の算段を整えてくれた。

小澤:全部自分でやらなきゃいけないという考えに囚われていたときに、公的介護があるということを。

松浦:「税金を払っているんだから、使わなきゃだめだ」といって、全部やってくれた。これは大きかったです。妹は今はドイツに居ながら、何かとネットを使ってサポートをしてくれた。さっきのように、きつい時に話をするのもそうですし、大きいのは、ドイツから日本の通信販売を使って男では気づかない必需品、例えば母の下着を注文して自宅に送ってくれるとか。

小澤:なるほど。今は離れていてもいろいろなことができるんですね。

松浦:できます。突然パンツとか届くわけですね。「そろそろ季節だから」とかって。

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