平川:いや、大変ですよ。自分の親ならともかく、他人の親となると。

松浦:そうなると、もう、まさに、介護は家族ではなく「職業」としてやるしかない。社会的に見ていくしかない。ほかに手はないなと思います。介護を家庭に押し込めるべきではないというのが、自分が経験した上での結論ですね。

平川:そうですね。ただ、病院も3カ月で基本的には「出て行ってくれ」じゃないですか。そうなってくると、グループホームとかを探すんだけど、いっぱいなんですよ。僕も父親を連れて、あっちに行ったりこっちに行ったり。そうすると、お金がすごくあれば老人ホームがあるんだけど…一応、見たんですよ。「ここに入れたらいいな」と思いながら、いつもパンフレットだけ持って帰ってきた。

松浦:そうですね。最後は「地獄の沙汰も金次第」になっちゃう。

平川:最後の頃は、病院の婦長さんから「もう病院ではやりようがないから在宅介護に切り替えてくれ」と言われるわけですよ。嚥下障害があったので、家に戻すためには胃ろう(胃にチューブを入れて直接栄養を補給する手術)をしなきゃいけない。そして、自宅でそのチューブから栄養物を入れたり、それから、たんを除去する練習を病院でやりました。

のどの渇きか、誤嚥性肺炎か

平川:その上で、リハビリの先生と病院の先生と私とで、病院の中で会議をするんですよ。そこで僕が「仕事があるから、自宅でも24時間付きっきりではいられない。だから、時々はヘルパーさんに頼む」と言ったら、先生方が「それはできない、ヘルパーはやっちゃいけないんだ」と言うわけですよ。

松浦:医療行為になるからですね。

平川:そのときは、こちらも激高して「俺が責任を持てばいいんでしょう」、先生も「いや、平川さん、何を言うんですか」と結構言い合いになりました。結局、女房も来てくれて、一緒にいろいろ練習をしたんですけど…実際には練習の甲斐なく病院で、亡くなりました。

 本の中にちょっと書きましたけど、母が亡くなる直前に「とにかくのどが渇いてしょうがない」と言う。ところが、誤嚥対策で飲食禁止なんですね。でも、あまりにかわいそうだからと、リンゴをすってはちみつでゲル状にしたのを呑ませていたら、すごく喜んだ。ところが看護師の方が飛んできて「だめです」と。あのときも言い合いになりましたね。

 それからずっと渇きに苦しみながら、もうその後1週間で亡くなっちゃうんですよね。あのときは僕は「誤嚥性肺炎で死ぬのはもうそれはしょうがない。最後に渇きを感じながら死ぬのはかわいそうだ」と。看護師さんももちろん言い分があって、介護って、お互い不合理なことがたくさん出てきます。

松浦:はい。

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