「昭和という時代に、町工場で油まみれになって働いていた父親。若い頃絶対に相容れないと思っていた、『俺に似たひと』のために、仕事帰りにスーパーでとんかつを買い、『風呂はいいなあ』の言葉を聞きたくて入浴介助を続けた――。2009年の暮れから11年6月までの1年半、ほぼ単身で父親の介護をした日々を『俺に似たひと』として上梓した平川克美氏。父親、母親をそれぞれ介護した男性がその経験を話し合ううちに、話題は「自らの生と死」に向かう。(構成:連載担当編集Y)

(前回から読む

ここまでやっても「ごめん」ですか

平川:ところで、書名の「ごめん。」という感覚は、どういうことなんですか。

松浦:このタイトルは、僕が付けたのではないんです。

平川:違うんですか。編集者ですか。

 実は私でもなくて、書籍をいっしょに作った女性の編集者が。

平川:ああ、そうなんだ。

 私も最初は「ぎゃっ」と思って、「これ松浦さん通してくれるかな」と心配したんですけれど、その女性編集者が「この本の中にあるのは、松浦さんの『お母さんに、もっともっといろいろなことができたんじゃないか』という思いでしょう?」と言われて、うーん、そうか、言われてみれば、と。

松浦:いっぱい悔いはあります。いっぱい悔いはあるけれども、ただ現実として、自分の持っているリソース、自分の生活、あるいは収入とかを合わせていくと、あれ以上できたかというと…何とも分からない。

平川:いや、みんなそうですよね、そこはね。

松浦:ある程度の悔いは結局誰もが残るものなのかもしれないな、とは思います。

みずからを客観視して書かれた介護体験手記。
でも、せつない愛情が(まさに行間から)染み出しているのです。

 ご愛読いただいておりますこの「介護生活敗戦記」が、『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』として単行本になりました。夕暮れの鉄橋を渡る電車が目印です。よろしくお願い申し上げます。(担当編集Y)

--読者の皆様からのコメント(その13)--

今回は「予測的中も悲し、母との満州餃子作り」の回にいただいたコメントからご紹介します(以前に本欄に掲載させていただいたコメントの再掲、ならびに、短く編集させていただいた箇所がございます)。

●53歳男性です。とても参考になります。だんだん衰えていく親の姿を見るのは、わかっていてもつらいですね。それでも献身的に介護される姿は素晴らしいです。脱帽です。

●母は要支援2で認知症でもありませんが、これから先どうなるかわかりませんし、いつも松浦さんのご経験をわが身に置き換えて考えております。他人には言いづらいことを書いてくださり、ありがとうございます。

●この「介護生活敗戦記」と題するシリーズは、いずれの記事も秀逸だ。この連載は、シリーズ名称通り、著者の「介護敗戦」の記録だが、初めて経験する慣れない介護の実態、昨日はできていたことが今日できなくなるという現実への戸惑いと焦り、それに何とかしようともがく著者の姿勢に、全面的に共感せざるを得ないのだ。なにより、苦悩に満ちながらもどこかコミカルな著者の筆致には、長年生活を共にしたお母様に対する深い愛情を感じる。いわば、著者は「介護」が現実のものとなっている「人生の先輩」であり、きれいごとではない現実の「敗戦記」は、明日の私たち自身かもしれないのである。

 本日の記事はお母様も愛した料理ができなくなるという、非常に悲しい現実と、それでもこうした現実に力強く対処しようとする著者の奮闘記だ。私はこの記事を、まさに「介護なんて自分と関係ない」と思っている人にこそ読んでほしいと思う。

●今回の内容は、多くの現役世代の男性には、なかなかピンとこないかもしれませんね。文筆業という特殊な職種である松浦さんでさえこれだけ大変なのだから、勤め人に親の介護で3食用意させるのがどれだけ大変なことか。リアルには想像できない(いや、したくないのかな?)でしょう。

(連載にいただいた数々のコメント、本当に、ありがとうございます)