杉田:なので「とにかくお母さん、何でも感謝しよう!」と(笑)。私もいつ死ぬか分からないけど、とにかく感謝できることは1個ずつ、本当に感謝ノートを作りたいぐらい、それを意識していけば悲しみも消えていくし、できないこと、忘れてしまうことは当たり前のことだから、それは人間として老いだから、それは受け入れる。

 ただ楽しみたいという欲望だけで私たちは生きてきていますから、ずっと。生きてこられたことを感謝して、誰かにやっていただいたことに感謝して、自分たちが何かそういうふうに喜んでもらえることを、何ができるかということを考える。もしできなくても考えて、少しでもみんながよくなるようなことを考えることが一番幸せへの近道なのではないか…というふうな話は、実はなかなかいい時間の過ごし方じゃないかなと。「日経ビジネス」的にはどうですか。女優としてのビジネス的には売り上げが落ちちゃったりしていますけど(笑)。

いえいえ、いいお話だと思います。ありがとうございます。

松浦:自分は、理性的にきれいに死ぬことは、たぶんできないんだろうなと思っています。いざとなったらじたばたするんだろうな、とね。僕の古い友達のお父さんが亡くなられるとき、確か1カ月前ぐらいに見舞ったときに、「君ね、僕はこんなに長生きしたんだけど、まだ死ぬのが怖いんだよ、一体どうしたものかねえ」と言われたんです。で、思いました。なんて素直な人なんだろう、と。

一休禅師みたいです。

松浦:うん。ものすごく心に残っている。きちんとサラリーマンを勤め上げて、まじめに生きてきたお父さんなんですけど、最後に会ったときに言われたのがそれで、僕はものすごい名言だったなと思っています。

杉田:いや、怖いと思います。母もすごく怖がっていますけど、それを取り除くために長生きしているんだと思いますよ。

だから、普通は向き合えないわけですもんね。

死は、やはり怖い。それが当たり前だ。

松浦:私の父はがんで、ある意味、最後まで死と戦って死んでいったみたいなところがありまして。本にもちょっと書きましたが、最後のころは「俺は死ぬのはちっとも怖くない」とか言って頑張っていたんですよね。それがあった後に、その友達のお父さんの「君ね」という話に出合って、ああ、やっぱり人ってのは生きてきたようにしか死ねないんだな、と思ったんです。それと今、実は1つ思うのは、生き方やら性格やらを考えるに、母には父のような意思的に「死と戦って死んでやる」みたいなのはたぶん無理なんだろう、ってことです。

 そうすると、案外、認知症で何か訳が分からないうちに向こうに行っている、というのは本人にとっては良い死に方なのかもしれない。うまくまとめられませんが、そんな気が僕は今しています。

杉田:ありがとうございました。いろいろな意見がまた聞けて、私もすごく参考になりました。本当に辛いのは辛いんですけど、なかなかその辛さを人に分かってもらえないのがやっぱり一番辛い。でも、なるべくいろいろ切り替えて、気持ちの免疫を高めながら、生きていこうと思います。これも、母からもらった出会いですね。

 杉田かおるさんのお母様は2018年1月6日にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。