杉田:そこで貯金でもすればいいんですが「こんなに当たるんだったら、お母さんには東京で、思う存分パチンコしてもらったりすればいいや」と。そう思って仕事を選ばずに全部受けていました。すごく刹那的な、無頼派と当時言われていたぐらい、あんまり後先を考えていないんです。

 「いつかお母さん、九州の温泉宿で2人で住み込みで働くまで、私はバラエティーで稼いでくるから」と言って。母は「じゃあ、そんなことなら、あんまり頑張らないでね」と言っていつも見送ってくれて、

松浦:「今日も一日頑張らないでね」と。

杉田:結局、頑張ると疲れちゃうし、力が発揮できないから、今日も一日頑張らないでねというのがずっと口癖で30代。それで、ある程度のところまで稼いだら、九州に行こうと思っていたわけです。

 そうしたら、結婚したり離婚したり、そういう全然違う方向に行っちゃいまして、その後に震災で九州に行って、今度は農業が楽しくて天国みたいなところだったので、「もう、ここで、ママと一緒に農作物を作って暮らそう」と思っていたら、逆に「せっかくまだキャリアがあるのに」と、故郷の、私の芸能界入りを反対した知人の皆さんから「東京に帰って芸能界でやりなさい」と、まあ、追い出されまして(笑)。居場所がないというか。

夢に見るのは九州の畑

杉田:九州を1年で追い出されて、また渋々帰ってきて、ああ、東京でまた働くのかと思って、もう嫌だなと思っていたら、母が倒れて、主人と会ったので、また余計九州に帰れなくなって、ああ、もう帰りたいなと毎日九州の畑の夢を見ていたんですけど。

想像も出来ない人生ですね。

杉田:とはいえ、九州で出会ったお医者様の紹介で、今の東京のお医者様とかを紹介していただきましたから、1回九州に帰って本当によかったし、介護の環境としても、今のところが一番母にはいい環境なので、まあ、そういう行き当たりばったりでやっていまして。なので、飲み込むとかそういう感じでもないんです。

でも、行き当たりばったりの状況を好転させていく、すごいパワーをお持ちのような気がしますけど。

杉田:いや、でも母が倒れて、看病して、やっぱり夜中も酸素を測らなきゃいけないし、こっちも睡眠不足みたいになって凹んじゃったりするんですよ。

 お話にあった「キャリアダウン」についてですが、私は子供のときから働いているので、何回か大病というか、倒れたことがあって。タレントとしては私なんかより全然ビッグですから比べるのもおこがましいのですが、美空ひばりさんもマイケル・ジャクソンさんも、子供のころから芸能界で活躍している人は、50歳ぐらいで亡くなる方が目に付くわけですよ。でも、私はあんまり頑張っていないから大丈夫だと思っていても、ずっと働いているから、やっぱり人よりも疲れているのかな、というのはあって。