松浦:僕のところはもともと、1つの家に、あまり過度に干渉しない大人が2人いて勝手に生きているみたいな感じだったんですね。向こうは年金で生きているし、こっちも稼いでいるしと。気が付くと、母が次々と、今までできていたことができなくなっていくわけです。記憶がつながらなくなる。友達からかかってきた電話をとっている間は調子よくしゃべっているけど、置いてしまったら何をしゃべったか忘れてしまう。だから、約束ということができなくなる。

 それが僕も受け入れられないし、母も受け入れられない。そうしたことがものすごい焦りと怒りになるんですよね。「できるから放っておいて」「いや、できてないじゃないか」と。症状が進行するにしたがって、料理ができなくなり、最後はお湯を沸かすことができなくなる。沸かし始めたら忘れてしまって、結局空だきになる。おまけに、火の周りに乾いたぞうきんがそのまま置いてある。洗っても片付けることを忘れてしまう。最後は僕が調理からお湯を沸かすまで全部やるようになりました。最後に、流しの下に潜って元栓も閉めるんです。

せつないですよね…でもそれどころじゃない

杉田:そうか、お母さんは「できない」ということも忘れてしまうから。

松浦:そうなんです。できなくなっていくことを僕が代行していく、それだけじゃなくて、本人が「できるから、頑張ってやる」というのを抑えなきゃいけなかった。つらかったですね。「できないんだからやめろ」と、つい言っちゃうんだけれども、できなくなっていく本人の気持ちを考えると、これはかなり…たまらんものがある。

 しかも、さきほど申し上げたように、ときどきふっと判断力が戻ってきて、「なぜ私はこんなになっちゃったんだろう」、と言われると、非常に…。

杉田:せつないですよね。

松浦:せつない。ただ、実際に介護に当たっているときはせつないどころじゃないんです。もう、誰か、何とかしてくれ助けてくれ、なんですよ。でも、何とかしてくれと言っても何ともならんわけで。そうなっていくと、結局介護体制を整えていって、僕だけじゃなくてケアマネからヘルパーさんからまとめて支えていく形に持っていくしかなかったわけです。

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