杉田:そう、とらわれない人なんですよね。そういう部分では、母が働かないで私が子役で稼いでいるのに、家事は全然やらないとか。妹も幼稚園に行かないとか、そういう母子家庭だったんです。いわゆるまともな社会的役割のカテゴリーにはめようと思っても全然入らない。ところが、今、初めて、「介護」という社会的に認められるカテゴリーに私とお母さんは入れて、「うちの家庭が初めて社会から認められたんだ」みたいな感じなんですよ。

松浦:すごい視点ですね。

杉田:そもそも、芸能界自体がまず“やくざな世界”で、ちゃんとした社会人、ちゃんとした家族、という目で見てもらったことがない。母は早くに離婚しちゃって、働いたことがなくて、いつもお酒を飲んで、たばこを吸って、私の稼ぎがあるとパチンコ屋にずっといて、みたいな。

 ワイドショー的には最低の母親だったんですけど、でも、その反面、すごい書が書けたり…書の先生なんですよ。そして、ものすごい読書家だったり、そういう才能がある人なんですよ。だけど、そこを自分で生かすことよりも、私を支えることに結構エネルギーを費やしていた母なのです。

 表面的に見たら「子供を食い物にしている」と言われるような暮らしでしたけど、そう批判されたら「食い物にして何が悪いんですか。あなたも食い物にできるような子供を産んでみなさいよ」みたいに言い返す母だった。

「死んだ方がよかった」と言われて

 そんな、自らを恃むお母様が倒れられてしまうと。

杉田:自信を失ってしまうわけです。最初のころは「上げ膳据え膳で、ちょっと私、女優になったみたいね」と強がっていたんですけどね。

 ところが私が倒れてしまった。介護のストレスと、いっしょに母の面倒を見てくれていた妹が、2年前に結婚して渡米してしまって、一人で面倒を見るようになったらさすがに無理がきて。それを見て、すごく不安と悲しみを感じて、何もしてあげられない自分が辛くなったみたいで、「死んでしまった方がよかった」とか「ちょっと長生きし過ぎちゃったかな」とかそういうことを言う。言われると、またこっちが悲しくなっちゃって。

松浦:それは辛いですね…。

杉田:私のほうも、自分が倒れたり、仕事が忙しくて家事がうまくできなくて、台所で「うわ~ん」と、パニックになるわけです。悩んでいる間に、料理を焦がしちゃった! とかで。そうすると、母は「お金がなくて悲しんでいるんだ」と勘違いして、年金の3万円を持って台所に来て、「これでおかずを買って」みたいに言うから、またそれで私がかっとなっちゃって、「私はその3万円が欲しくてパニックになっているんじゃないんだよ!」と言って喧嘩になったりね。

 本を読ませていただいて、「悲しんでほしくない」という思いが介護者にあるからこそ、松浦さんが悲しい思いをされたときもあったんだろうな、と思うんですけど。