杉田:はい、母は、頭はしっかりしているんです。だから、自分がどういう状況にあるのか、全部が分かるから、気持ち的に母の方が滅入ってしまう。この本では、松浦さんが認知症のお母さんの介護で精神的に参っていく様子が描かれていますよね。「ある意味、うちは松浦さんとは逆パターンだな」というふうに思ったんです。

松浦:杉田さんの介護は、どんなふうに始まったのですか。

杉田:私はとにかく、最初に「地域包括支援センター」に行ったんです。

松浦:最初から大正解ですね。迷いませんでしたか。

杉田:引っ越したばかりの時だったので、身内も、知人もいなかったんですね。誰にも頼りようがない、ということで、お付き合いができた地元の方にご相談して、まず地域包括支援センターに飛び込んで。ある意味、余裕がなかったから迷いもしませんでした。

松浦:なるほど。「自分でやる」という選択肢が最初からなかったのですね。

ケアマネさんも、主治医も代えました

杉田:そこで「介護」と「医療」がまったく別々に機能していることを知って、ものすごく驚きました。当然、もっと連携していると思ったのですが。初めてで慣れていない(笑)こともあったのでしょうけれど、ずいぶんトラブルがありました。松浦さんは、いいケアマネージャー(ケアマネ)さんと出会われたんですよね。

松浦:はい、彼と出会えたことで、なんとか乗り切れたんだと思っています。

杉田:うちは、ケアマネさんも、主治医も代えました。実は、母が結構わがままなものですから(笑)。

松浦:わがままという意味では、うちもそうですよ(笑)。

杉田:「本物のうなぎはこういうものではない」と、美食家でいらして。その辺は同じ昭和9年生まれのプライドがすごくあるんでしょうか(笑)。その辺の松浦さんのご苦労はすごく分かります。というか、昭和一ケタ生まれの母の強さが、思考がはっきりしている分、逆に出ちゃうというか。

松浦:病院に行きたくないとか、施設に入りたくないとか、ありませんでしたか。

杉田:すごくありました。最初は「絶対に病院には行きたくない」と言っていて。

 自分の気持ちを整理するのに、とても時間がかかった様子でしたね。母は着物が大好きで、普段から着ていたんですけれど、「まだ動ける間に断捨離だ」といって処分していました。母はどんどん着物を買っていたので、すごくたくさん持っていたんですよ。

松浦:ああ、それは自分が頑張ってきた人生そのものですよね。