先生はどっしり落ち着いた女性の方でした。「血液の数字がずいぶんよくなっていますね」、と、母を喜ばせつつ、血圧を測り始めます。
「上が170…ずいぶん高いですね。お家ではどうですか?」
と、先生が尋ねると、母は
「そうですねえ、160なんてこともありますけれど、だいたいもっと低いです」
と答えます。
「そうですか。今日はちょっと緊張されているのかな(笑)。普段からどのくらいの数字かが分かっていると、たまたまなのか、ずっと高いのかが分かるからとてもいいですね。大事な習慣です」
母はニコニコして頷いています。
「Yさんはちょっと高めなようですし、血圧が高いといろいろ心配な病気がありますから、また2カ月後にどんな様子か、教えて下さいね」
「はい、わかりました」と母。
こんな調子で診察は滞りなく終わり、あとは処方箋を受け取って会計です。
しかし、面倒くさがりの母が、血圧をちゃんと測っていたとはすこし驚き…というか、私の記憶の限りでは、家に血圧計なんてなかったはずです。ああも堂々とウソをつくとは思えないし、いったいどうやって計測していたんでしょうか。時々行っていると聞いていた、太極拳の教室で、とか?
笑顔から出てきた思いがけない言葉
軽い気持ちで聞いてみました。
「ちっとも気づかなかった。いったい、いつ血圧測ってたの?」
すると母は屈託のない笑顔で
「ああ、ほんとは測ってないの」
「え? あれは適当に言ってたの?」
「うん、そうなの」
「どうしてそんなことしたの?」
「さあ、どうしてかしら…」
医者にウソをつくことの意味が全然分かっていない。いや、それどころか、今回の「足が痛くて歩けない」も含めて、この調子で適当なことばかり言っているんじゃないか…。
気がつくと、自分で手が付けられないくらい私は怒っていました。
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