(この記事は松浦晋也さんの「介護生活敗戦記」と『母さん、ごめん。』の担当編集者Yが、本と連載を読んで「人ごとではない」と、故郷で独り暮らしの母の元へ帰省したときの状況をご報告する番外編です。前回はこちらから)

(※写真はイメージです)

 母の「歩くときの痛み」は、どうやら外反母趾が原因らしいと判明し、入院は見送り、対策用の靴も注文して、やれやれと晩ご飯を食べて帰宅しました。たまたま明日は、母が2カ月に1度、診察を受ける日です。郊外の病院に早朝から行って並ばねばならないので面倒くさがっていますが…。

 「明日はお昼の高速バスで帰るから、午前中にクルマを借りて送迎してあげようか」
 「あらほんと? 助かるわ~」

 会員になっているカーシェアの拠点が、母の住む集合住宅のすぐそばにあるのです。もちろん、交通費は路線バスの方が全然安上がりですけれど、このくらいはまあ、親孝行というものでしょう。スマホでさくっと予約。凄い時代になったものです。

 翌朝、コンビニで買い整えたパンなどで朝食を済ませ、カーシェアの駐車場から8時に出発、バイパスを通ってあっという間に病院に。駐車場は早くも埋まりつつあり、院内はお年寄りでごった返しています。が、それを見越して建て替えられた病院は広々としていて、窓口や呼び出しも分かりやすく整えられており、何度来ても感心します。

 母に代わって採血の列に並びます。採血室では、一度に8人前後が同時に入ってちゅーっと抜かれていました。耳が遠かったりして意思疎通が難しそうなお年寄りたちに、看護師さんたちが柔らかく対応していました。

 「あら、お母さん、順番なのにトイレ行っちゃって帰ってこないわ!」と騒ぎ出したおばさまに「大丈夫ですよ~、戻られたらすぐお呼びしますから」といった具合に、付き添いの人も含めて、無用のイライラやトラブルを起こさないよう、言葉遣いと順番の不公平が起こらないような配慮が徹底されています。採血台も可動式で、すぐ増設できそうですし、動きにくい人の側まで動かすこともあるようです。ネガティブな意味抜きで、よくできたファストフードを連想しました。

 採血が終わり、レントゲンを撮って、医師の診察室の前に座って順番を待ちます。なんだかんだあったけれど、恐れていたよりも元気そうだし、頭も動いているみたいだし、と、こちらも気分がほぐれて軽口を叩いていると、呼び出し番号が点滅し、看護師さんがドアを開けて「Yさん~」と呼びました。「息子です」と告げて、いっしょに診察室に入ります。

『母さん、ごめん。』増刷分があっというまに捌けていきます。
本当に本当にありがとうございます。

 ご愛読いただいた「介護生活敗戦記」が『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』が単行本になりました。この本を校了してから私自身が田舎に帰省して、さっそく活用した次第を、こちらの番外編でご紹介しています。

 本で一気読みすると、やはり頭への入り方が違います。連載をお読みいただいていた方も、ぜひ一度、お手にとって改めてご覧下さい。夕暮れの鉄橋を渡る電車が目印です。よろしくお願い申し上げます。(担当編集Y)

---------読者の皆様からのコメント(その8)---------

今回は「果てなき介護に疲れ、ついに母に手をあげた日」の回にいただいたコメントの一部をご紹介します。


●辛いことを、よく書いてくださいました。
人としての姿勢とともに、ジャーナリストとしての姿勢にも、敬意を評します。

●現実に起こった一つの事実をはっきりと言葉にして下さり、感謝しています。私自身介護の経験はありませんが、遠くない将来に起こることとして、真剣に向き合っていきたいことなので、実際のことを教えて頂けるのは、とても助けになります。

●相当ヤバい問題ですが、少子化と同じで何も国は有効な対策はしないままだと思いますので自己責任で対策を立てるしかありません。そういう意味で、本当にありがたいコラムです。

●(前略)心配でもあり切羽詰まって、このとき生涯でただ一度だけ「ちゃんとしないとグーで殴るよ」と母に言ってしまいました。言葉だけで実行はしませんでしたがいまだに胸が痛みます。松浦さんもどんなに苦しかったことか。いろいろな意見があると思いますが、介護で辛いのは対象が好きであればあるほどそのギャップに耐えられないからではないかと思います。
このときはご近所の方に助けていただき、無事病院に行くことができました。母はその後良い施設でケアしていただき、前より充実した日々を過ごすことができるようになりました。先月心疾患で突然亡くなりましたが、最後の顔は安らかでした。生前言えなかったけれど、母への懺悔も兼ね初めて投稿いたしました。

●本のタイトルですが、連載して、多くのコメントをもらって、本当にこれは「敗戦記」だったのかと、松浦さんの中で何かが変わったのでは?そんな気がします。

●祖母(父の母)を一人で介護していた母が、離れて暮らす私に電話でよく文句を言っていました。ボケてきた。おもらしする。わがままで困る。年寄りだからしょうがないでしょ!怒ったりしたらかわいそうだよ、と私は母を責めていたのですが、、この連載を読むたびに電話の向こうの母の声を思い出し、胸が痛いです。
介護する側の心の痛みについて何もわかっていませんでした。
書いてくださって本当にありがとうございます。

過去のコメントを見る(12件)

過去のコメント

  • >たぶんお二人とも、以前の元気なお母さまに戻ってほしくて、ついきつい態度になってしまうんですね
    >親に対してなのか、自分自身に対してなのか分かりませんが、期待値をもう少し下げてあげた方がいいのではないでしょうか

    上記のお二方のコメントを読んで腑に落ちるものがありました。松浦氏とY氏の御母堂に対する反応が余りに似通っていて、共通する要因が何なのか考えていたものですから。
    松浦氏もY氏も高い知的レベルを要求される職業に就いており、御母堂に受けた教育の質の高さが伺われます。お二方ともそんな知的な母親に対して尊敬の念を抱いていることが良く分かります。「お母さんは何時までもお母さんのままでいて欲しい」という無意識の「甘え」が男の子にはあって、いくつになっても消えることはないんだなあと切なくもなります。
    (母娘の場合はその関係が「甘え」ではなく「足枷」になっている場合がまま見らるように思います)

  • 一連の連載を読んで、歳の割(80超え)に両親が健康で健在なので、今のうちに何ができるかを真剣に考えました。
    レベルの低い結論:「両親に考えさせるため、本を買って読ませた」です。

    個人的な感想としては「プライドが邪魔をする」シーンが多々あったように感じたので。
    元気なうちにいろいろ経験して欲しいなと思いました。
    手始めに「紙おむつ体験」「デイサービス体験」恥ずかしいとか笑えるうちに体験させねばと思いました。
    逆に、今から徹底したいのが「通販対策」ですね。
    うちの親はとかく新聞のテレビ欄にある通販で「食い物系」を良く頼んでいるようですが、
    頼むなというのはほぼ不可能なので、大抵こちらの分も頼んでいるようなので(2個だと割安とか送料ただとかある様子)必ずこちらの分も頼むように習慣つけてもらってます。

  • 怒りは、結局のところ期待値が高すぎるために現実とのギャップが生じるためだと思います。
    親に対してなのか、自分自身に対してなのか分かりませんが、期待値をもう少し下げてあげた方がいいのではないでしょうか。

  • 松浦さんにしてもYさんにしても、現役の男子は真面目だなぁ。医者がお年寄りの話をそのまま信じることはないでしょう。血圧の数値もそこまで管理する必要はないんだと思います。たぶんお二人とも、以前の元気なお母さまに戻ってほしくて、ついきつい態度になってしまうんですね。悲しいことですが、戻りません。諦めるしかありません。諦めて、優しくしましょう。この先、それほど長くない時間を、穏やかに過ごせればいいのではないですか。実はそうしたほうが、認知症の進行も抑えられると聞いたこともあります。

  • すぐにコメント欄でフォローされるのはネット時代の良い点ですね。
    但し、「個人的な体験談」は「科学的に検証したレポート」ではないので、間違いや誤りがあっても、そのような認識や感じになったことのほうが重要だと思います。
    そもそも認知症や介護の正確な知識が必要なら、医学関係者のレポートを読むべきであって。
    むしろ素人の不安や焦燥、失敗こそが「ある程度は自分にもできるはずだし、できそうにないところは覚悟しておこう」と準備させてくれる有り難い疑似体験になります。

  • 私は要介護度5の母を介護して8年になりますが
    これは嘘とは思えません、騙すつもりではなく精一杯応答会話しようとしていることの現れと思えます
    要はサービス精神のようなもので、一緒に来ているあなたを安心させたかったのではないでしょうか?
    もしくは充分な日常会話量が不足しているが故の反応かもしれません
    高齢の女性に無意味な会話は質のいいビタミン剤です

    また余談ですが「恐れ」を感じたのならそれは小さなことで冷静を保てない自分の弱さに対してでは?

  • 前回も投稿させてもらった者ですが、どうしてももう一度Yさんに感謝を。
    躊躇されていたにも関わらずこうして赤裸々にご内情を書いて頂いた事は、松浦さんにも匹敵するご自身の強い思いと決意があったからこそ、だと思います。
    ところどころに軽妙さを持たせつつも、Yさんに編集者としてまた表現者としての矜持を感じました。

  • Yさん、このような文章を書けることを尊敬します。自分の心の動きを詳細に描いていただきこちらも心がふるえました。この文章を今の時点で客観的に読めているのは大変ありがたく、自分にもきっと来たる同じような場面で冷静に後悔のないような振る舞いができるように助けてくれると思っています。

  • 認知症対策として話半分に聞いてください。
    還暦を前に海外と頻繁にやり取りのある部署に異動しました。そこで、錆び付いた英会話能力を再生させようと単語の思い出しを兼ねて英文を書いてみましたが、書けない。指先が思うように動かずに筆記体の文字がグチャグチャになってしまうのです。英文に限らず、最近はパソコンに頼りきりで文章を手で書くことがなくなってしまった、文字が下手になったことに愕然としました。
    それから毎日とにかく例文を筆記することを日課として数ヶ月ほど経ち、ようやくペンが指に馴染むようになってきたところ、2つの変化がありました。1つは、何故か日常会話の言葉がスムーズに出るようになったこと。これまでは何となく単語を選んで文章を一々組み立てる感じだったのが、今や全く無意識に文章が口をつく。もう一つは、毎朝起きると右手親指の付け根が痛い。どうやら夜寝ている間に無意識に右手を固く握りしめているらしい。
    これらを医師の息子に話すと、それは書くことによって脳に刺激が与えられて機能回復したのではないか、子供に介護の負担をかけたくなければ是非とも続けるように、と冗談半分に励まされました。それから指先の訓練に益々熱心になったのは言うまでもありません。皆さんは英文がスムーズに書けますか。

  • 「うわ、出た!」と思いました。 老人あるあるですね、うそをつく。
    私も経験したので、とても共感いたしました。(母は今、老健入所中です)
    本人、その場しのぎでうそをつき、そのうち記憶も途切れ途切れになって
    真実もわからなくなってしまうようで、ついにはつじつまのあわない、
    まったくわけわからないことを言うようになりました。
    いまや、毎週面会に行く度にできないことが増えていき、劣化の早さに驚くばかりです。
    前回の「言葉の壁」にも共感いたしました。いまだにわからないことだらけです。
    母は一人暮らしだけれど一人でおいておける状況ではなく、老健も長くはいられない、
    特養はハードルが高いと言われ、今後の思案にくれています。
    高齢化のスピードに社会の制度も体制も追いついていないと感じます。
    敗戦記を読んだときと同様に、「大変なのは私だけじゃない」と励みになりました。
    ありがとうございます。

  • 記者殿はよくお母上に尽くされていると思う。
    私はサ高住にいる親の通院の付き添いも、施設職員にお願いしたいぐらいで、自分自身を薄情だなあと省みる。
    ただ、松浦さんからの一連のコラムを読んで、今後親が何をしでかしても当人に感情をぶつけるのだけはやめようと決心した。

  • 今回の結論には少々異論を呈したい。
    医者の前でウソをつくのは老若男女を問わず患者の習性。米国の人気医療ドラマ「Dr.HOUSE」の主人公の天才医師の口癖は「患者はウソをつく」。もっともこの意味は「真実は見た目や患者の言葉の裏に隠されている」ということだろうが、患者というものは医者の期待するほど品行方正、健康な毎日を送っているわけではない。酒を控えろ、少しは運動しろ、野菜を食べろ、と言われても守れないのが人間の性。それでたまの診察で医者に詰められれば、ついつい聖人君子を装うウソをつくのがオチであろう。言わば医者からの責任追及に脊髄反射的に自己を庇う、自己弁護するのが生身の人間というものではないか。
    そう考えれば、筆者の母上のウソは老化でも認知症の症状に起因するものではない。筆者自身も医者の前で正直な患者だろうか、胸に手を当ててみてはいかが。

この記事は…?

参考になった4100%

投票

参考にならなかった00%

投票