N市の中では大きな病院に紹介状を持ってタクシーで向かいました。折しも高校野球まっさかり。母は野球好きらしい運転手さんと快活に会話しています。家の中だと「ぼんやりしているなあ」と思うのに、やはり「外面(そとづら)」は気になるというか、緊張感と興奮があるのでしょう。それには外出が大きいわけで、ますます、足の問題は重大です。

 病院で、試しに母に問診票を埋めさせました。
 「ほら、いま、平成何年?」
 「えーと…千年?」
 母のギャグなのか、それともマジなのか、もう分かりません…。

 昼前に呼ばれたのですが、良くある話で検査待ちで1時間、診察待ちで1時間、と、延々と待たされ(おかげで仕事は捗りました)、2人とも空腹になったので売店でサンドイッチを買って、さあ食べよう…というところで、ありがちですが、ようやく呼び出しになりました。

「手術なら入院2カ月です」

 担当のA医師は、レントゲン写真を見ながら「これは立派な外反母趾ですねえ、いつくらいからですか?」と母に尋ねます。母は「ええ、そうですね、ハタチくらいから」と愛想良く答えます。なんだよ、俺には分からないって言ってたじゃないか。

 それにしても、こうして母の足を見ると、みごとに親指が「く」の字になって、付け根の骨が突き出ています。足を一目見れば分かるのに、全く気がついていませんでした。

 「手術ももちろん検討すべきで、それ自体に危険はほとんどありません。ですが、骨を切って繋ぐ、言ってみれば人工的に骨折させる手術なので、回復して歩けるまでにはかなり時間がかかります。お母様の場合は、そうですね、自力歩行まで2カ月、その間は外では生活できませんから、入院をお勧めします」

 「2カ月…!? 耳学問ですが、長期入院で体力気力が落ちて老化が進む、なんて話がありますよね」と、私。頷きながら聞いていたA医師は「ええ、そういう可能性は正直あると思います」と前置きして、こう言いました。

 「お母様は20歳くらいから外反母趾とのことですから、言ってみればこの状態がもう“普通”なわけです。手術で正常な状態に戻すことで、最初は歩きづらさを感じられるかもしれません。言い方は失礼ですがもう80歳ということですし、現状のまま、歩きづらさを靴などで軽減するのもアリだと思いますよ」

 「手術しないとそのうち歩けなくなる、という病気ではないんですか」

 「違います。自分の実感では、外反母趾で手術する方は10人に1人いるかいないかです。若い方ならば回復も早いので、踏み切る方もいますが」

 いろいろ覚束なくなっている母が、2カ月の入院に耐えられるか、直観ですがちょっと難しいような気がします。ここで大きく生活を変えない方が、長い目で見てもメリットが大きいような。結局、入院、手術は選択せず、紹介して貰った外反母趾などに対応する靴を作るお店に行ってみることにしました。母はあからさまにほっとした表情、わたしもやれやれです。

 決めてから思えば大山鳴動、心配しすぎたかもしれません。「長い休みを取ったりしなくても、いや、そもそもN市まで帰ってくることもなかったんじゃないか」と思うような話だったのですが、遠隔地で暮らしていて、しかも、母の言葉があやふやだと、最悪の事態を考えて動かざるを得ません。これはこれで、けっこうなストレスの種になりますね。

思い出の味、店、今いずこ

 その後、紹介されたお店で母にサンプルの靴を履かせてみると、立っただけの段階で姿勢が明らかに違う。歩くのもとても楽そうに見えます。この靴、足の形や症状に合わせたカスタムメイド、ということでたいへん高価ですが、家に引きこもらず、気分良く外出できるようになるなら、やむを得ないか…。

 ともあれ、当面の結論は出たので滞在を切り上げ、帰京することにしました。

 気が張っていたのか母も私も疲れ果て、ネットで探した小体な洋食屋さんでハンバーグなどをほおばりながら、「昔は古町十字路のレストラン都屋で、洋食セットばかり食べていたわよねえ」「セットね、ああ『ナンバースリー』がお気に入りだったっけ」と、思いっきり昔話に耽りました。外食好きは母に教え込まれたのだと思います。

 とはいえ昔話なら母の記憶が鮮明かと言えば、そうでもない。何度となく通った近所のお店を「覚えていない、全然わからない」と言われた時は愕然としました。が、悲しいことに、店の名前を私も思い出せません。なんとか思い出そうとネットを漁りましたが、道路拡張があったようで場所すら曖昧、ダメでした。ざっと40年くらい前に、N市の関屋本村の、国道沿いの南側、坂の途中にあった、子供心に洒落たレストラン、どなたかご記憶ないでしょうか。

 小さな頃の記憶が霞むのも悲しいですが、それを通して母の老いをまともに見つめるのも、やはり悲しい経験でした。そして、そんな細かい悲しみが、心をかさつかせることを実感する一騒ぎがまだありましたが、自分の小ささを思い知るような出来事で、書いたものか書かないでおくべきか。迷いつつ今回はここまでです。

(続けるかどうか微妙です)

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