Aさんは、「一度ご様子をうかがいに行ってみましょう」と言ってくれました。「介護が始まる前に、“家の中に他人がいる”ことに慣れてもらうことが重要」と松浦さんが書いていましたが、その第一歩…かもしれません。

 「立って歩けなくなることが一番心配なんです。私みたいに家族が遠距離で独り暮らしの場合、例えば、歩けなくなったら皆さんどうなさるんでしょうね?」

 「状況によって様々ですが、実のところ、認知症ではなく頭がしっかりしておられる状態で、歩けなくて介護が必要、という場合は、率直に言って自己負担がかなり大きくなりますね…」

 「ああ、食事も排泄も入浴も、みんなサービスが必要になっちゃうわけで、しかも認知じゃないから介護度も低い、と」

 「グループホームや有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅(サ高住)になるわけですが、月10万以下、というわけにはいきません。ざっくりですが、入居だけで30万円くらいになることも」

 「(内心の声)ひ、ひえ~!」

 「ですので、まずはご自宅に手すりとか、バリアフリー化の手を打ちながら、ということから始められるのがいいと思います」

 「でも、実家は賃貸マンションなんですよ」

 「そうですか…それだと、大家さんのご対応次第になりますねえ」

 状況は予想以上にシビアです。母の歩行機能のキープの重要さがにわかに目の前に立ち上がりました。

あれ? ドアが開かない

 「私も行ってご様子を伺って、あとでお電話しますので」

 というAさんにお礼を言い、その場で母の携帯に電話してAさんをご紹介して(さすがプロで、あっという間に電話口で母と笑いあっていました)、センターを辞しました。

 「あ、そうだ。お電話してもつながらなかったのですが、やはり皆さんお忙しい?」

 「えっ、そうでしたか? 基本的に誰かが電話口に居るようにしているのですが、たまに不在の時もあるかもしれません。遠慮しないでお電話下さってかまいませんよ」

 「そうでしたか、ありがとうございます」

 最後にこんなやりとりがありました。気を遣ってくださったのかどうかは分かりません。が、感触としては「やっぱりお忙しいんじゃないかな」と思いました…。

 帰りの高速バスの時間が迫り、外はまだすごい雨なので奮発してタクシーを呼んで、到着の知らせを受けて玄関へ…。

 あれ? 入るときはすっと開いた自動ドアが動きません。あれ? あれ?

 戸惑ってジタバタしていると、受付の人が「ドアのスイッチはここです」と、玄関のヨコの高い位置にあるタッチスイッチを叩いてドアを開けてくれました。
 あ、なるほど…そういうことか。

 運転手さんに高速バスの乗り場を告げて、思わずぼやきます。

 「いや~、ドアが開けられなくて焦りました」

 「うん、こういう施設はみんな、介護されてる人が勝手に出ないようにそうなっているね。うちの父も長年、施設にいたから分かるんだわ。まあ、わたしもまもなく、こういうところのお世話になるんだろっかねえ(笑)」

 発車時間ぎりぎりに間に合って、私は再びバスに乗車、豪雨の中、東京に戻りました。
 何かが片付いたわけではないけれど、現実対応への最初のステップを踏んだ感じ。

 …でしたが、やはり、それだけでは片付かなかったのでした。
 「足が痛くなって歩くのが辛くなった」という電話が母から掛かってきたのです。

(え、続くの?)