スー:私も母とは、思春期ならではの反抗はありましたけど、それが終わってほどなく、私が社会人になってすぐに亡くなったたので、あつれきが生まれる暇はありませんでした。いなくなってしまったので、その後に関係性が変わり、母が「毒親」のような存在になったかどうか? それも分かりません。

 本では、スーさんの家庭はお母様が教祖の、すごく小さい宗教みたいになっていたと書かれていて、印象的でした。

スー:ちょうど具合がいいんですよね。父と私、信者がたった2人だけの小さい宗教。父と私にとってはそこだけがよりどころで、仲たがいしても最終的には教義に帰ってきて「また明日も生きていこう」となる。亡くなった母を都合よく美化しているところもあるとは思いますが、父と私にとっては大切な信条です。

独身者による介護は辛いか?

 松浦さんの『母さん、ごめん。』は、「独身者の介護」の実録でもあります。親と1対1の介護というのは、たぶんどの独身者もこれから背負っていかなきゃいけないテーマになるのかなと思うんですが。

スー:その点に関して、私はいまのところ自分が独身でよかったなと思います。結婚して配偶者や子供がいたら自分の家族が優先されるでしょう。たとえメインの稼ぎ手が私だったとしても、自分の親に好きな時に好きなだけ時間を割いたり金銭的援助をしたりはできなかったでしょうし。

 松浦さんのご著書を拝読していて、銀行口座の預金残高がどんどん減っていく場面では「大変な思いをされたんだな」と胸が痛んだのと同時に、僭越ながら「松浦さんにご自分の家族がいなくてよかったのかもしれない」とも思ったんです。お子さんがいて、教育費がかさむ時期と介護が重なったとしたら、お母さまのことを考えての家の改装は難しかったかもしれません。介護の担い手が足りないなど不都合もあるとは思いますが、公的支援を上手に利用できれば、考えようによっては独身者は気持ち的には楽なのかもしれないな、と。お金の問題が解決できれば、という前提はありますが。

松浦:独身に限らず、僕は介護って実は7割から8割ぐらい、経済問題だと理解しています。

スー:昔のドラマになぞらえて「同情するなら金をくれ」と書いていらっしゃいましたものね。

松浦:ひどい言い方ですけど、お金があれば何とかなるみたいなところが絶対にあります。そうなると、独身が極端に不利、不遇、とも言いにくいかなと。もちろんすべてじゃないですが。

スー:松浦さんも私も、異性の親と密接にかかわる時間をたっぷり持てています。これは運が良いことだとも思うんですす。両親ともに健在だったり、自分に配偶者がいたりしたらここまでの時間は共有できなかったかもしれない。しかも、松浦さんの場合は介護を通してご自身のできることがいくつも増えていらっしゃる。素晴らしいです。

松浦:(笑)

スー:いいことばかりではないけれど、ボーナスポイントもあると思います。松浦さんはお母さまの好き嫌いなどご著書にすべて書いていらっしゃるけれど、それを知らないまま親と別れる人も少なくないと思います。私は、父と向き合って父のことをたくさん知ることができました。母が他界していたからこそ知りえたことばかりです。

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