スー:はい。私は子供時代に父と「親子」としての接点、たとえば公園で遊んだり勉強を教えてもらったりがほとんどなかったので、母の没後にあらためて父親と娘として向き合うことになりました。すると、「うちは母親がいて初めて家族として成り立っていたんだ」とひしひし感じるわけです。母を失ってから20年が経過しましたが、20年かけて父とふたりで家族を再構築したようなものです。

 本当に高をくくっていたんですよね、父も私も。「2人になっても家族のままだろう」と。でも、父と娘がそこにいるだけでは家族には成りえなかった。ただ血がつながっている2人がいるだけだったんです。

 これ、文字にするとすごくキツいかもしれませんが、笑いながらお話しされてますので(笑)。

スー:松浦さんがおっしゃったように、「親」と「子」って、どうしても親子という配役が決まってからでないと出会えないんですよね。配役を外してお互いを見た時に、個人としてどうとらえるか。親子の配役を背負ったままだと、お互いからにじみ出る人間性を客観的に評価するタイミングがまるでないんですよ。

松浦:なるほど。

スー:私は父親に対して、「親として何点か」でしか見てなかったと気付きました。親という世間の決めた型と比べて、うちの父親は何点マイナス、という減点法で採点していた。

 ところが、ふと立ち止まって考えてみると父はそうではなかった。父は私に一貫して「好きに生きればいい」と言い、私が独身であることや、子供を生んでないことを責めることはなかったんです。父は私に、いわゆる理想的な娘の型をはめてジャッジしたことがなかった。にもかかわらず、躍起になって世間の考える理想の父親像を求めていたのは私の方。それにやっと気付きましたね。

私にとっては、親は“先輩”でした

松浦:「親」「子」という役割とは違うところで、人対人がぶつかって、初めて見えてくることが。

スー:そうですね。一個人として父を見て、初めて「父親と同じ時代に生きて一緒に働いていたら、結構楽しかっただろうな」とも思えました。父親という属性を外して初めて見られた個性です。嫌だ、嫌だと思いながらも似ているところがあるなと思ったり。父の生きてきた人生を聞くのは、なかなか楽しい実験みたいなところはありました。

 ちなみに、おふたりとも、同性の親御さんとのご関係はいかがでしたか。

松浦:僕は父親が新聞記者なんです。僕も雑誌記者上がりなので仕事は同じなんだけれども、父は人文系、私は理系で、絶妙に接点がない。そうするとあつれきがないんです。話が合ってあつれきがないという状態だったので、父とはそんなに僕はもめたことがなかったんですね。

スー:なるほど。

松浦:むしろ、同業の先輩として父の話す経験談や思考法を結構活用させてもらったと思っています。

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