男女格差もあった。調べてみると、昭和30年の時点における大卒事務系の平均初任給は約1万3000円だった。対して、母が昭和32年に受け取った初任給は7800円ほどだったそうだ。

社内派閥に序列にこびへつらい

 さて、そんな三菱電機でどんな男性社員が働いていたかというと――ここからがかつて小娘OLだった母の悪口オンパレードとなるのである。

 「仕事とか接待とか言っては、毎晩会社の金で飲み食いしてね。みんな二日酔いのひどい顔してのそのそ出社してくるのよ」

 直接の上司でもあった調査部長などは、いつも酒の抜けない赤ら顔をしていたという。

 「朝のあいさつは『おはようございます』じゃないの。『どーも』。『昨夜はどーも』ってことね。朝になるとあっちこっちで酒臭い息を吐いて『どーも、どーも』よ」

 それでもって彼らは、母ら女性社員に「これ、処理しておいて」と、領収書を渡す。会社の金を使った飲み食いの後始末は、結局のところ女性社員がやるわけだ。

 どうやら、給与の安さは、男性社員に関しては、会社の金使い放題という形で事実上補填する形となっていたのだろう。おそらくは新入り女性社員のあずかり知らないところで、飲酒以外の金も経費で落としていたと思って、まず間違いないだろう。

 男性社員達は、社内で派閥を作っていた。「あいつは誰それ派だから」というような言葉が飛び交う一方で、ボスと目される人物へのこびへつらいも横行していた。

 「『ぶーちょお、へっへっへえ』というような声を聞くたびにいやーな気分になったわ」

 一人だけ、そういった社内政治と無関係に、てきぱきと仕事を進める男性社員がいた。母はその人物にあこがれたそうだが、彼はその後、転職していったとのことである。

 60年前の三菱系企業の間には、かなり厳しいヒエラルキーがあった。一番偉いのは三菱銀行と土地を管理する三菱地所、そして重工業、電機、商事と地位が下がってきたのだそうだ。同じ系列企業だから仲が良い……ということは全然なくて、むしろ階級意識とライバル意識が発生して仲が悪い。