2017年7月現在、2020年東京五輪に向けて飲食店における喫煙をどうするか激論が交わされているが、飲食店での間接喫煙は社会の人々が広く関係する問題なので、諸外国のように全面規制すれば回り回って認知症患者を減らすことにつながるだろう。それは健康寿命を延ばすことでもあり、少子高齢化が進む日本を一層の繁栄に導く第一歩でもある。

 規制に反対している自由民主党の政治家は、このようなことに意識が向いていないのだろう。大変残念なことだ。

 あるいは、ブラック企業における過重労働の問題。睡眠不足が認知症発症の危険因子であることは、疫学的調査で判明している。つまり、社員の過重労働で稼ぎ出す会社の利益は、将来の健康保険財政や、老人介護の財源からつまみ食いしたものといってもいいだろう。

 過重労働は社会全体の問題なので、全体として規制していけば、将来的に認知症の発症を減らすことにつながる。

 高血圧、糖尿病なども認知症発症の危険因子だ。これら生活習慣病は、予防医学のパラドックスの好例だ。社会全体にじんわりと働きかけていくことでのみ、大きく減らすことができる。これら生活習慣病の患者が減れば、並行して認知症患者も減らすことができる。

社会は全員が一蓮托生である

 認知症患者を減らし、健康寿命を延ばして、今の社会を維持していくために必要なこと――私は以下のように考えている。

 まず「お前がつらい境遇にいるのは、あいつが悪いからだ。あいつを排除すればお前は楽になる」的な意見で人気を集めようとするポピュリズム、そしてポピュリスト政治家の台頭を許さないこと。それによって、社会の分断を防ぐこと。

 我々の社会は、誰が悪いということはなく、全員が一蓮托生なのだ。

 その上で、社会全体でじんわりと健康寿命を延ばすための対策を浸透させていくこと。健康寿命を延ばす方策は、当たり前のことのあつまりであって、それだけに実施は難しい。が、これをやっていくことで確実に認知症患者も減らすことができるだろう。

 認知症患者を減らすことができれば、現在の公的介護保険の体制も維持発展させることができる。どんなにきちんと予防対策をしても、確率的に認知症を発症してしまう人は絶対にいる。公的介護保険制度を維持発展させることができれば、その人達を見捨てることなく、社会で柔らかく抱え込んでいくことが可能になる。

 繰り返しになるが、分断によって、患者を社会から切り捨てるのではなく、社会の一部として包摂していくことが大切なのである。