先の見通しが立ちにくい状況の中で、私達はついつい明確なオピニオンを求めてしまう。確率・統計ではなく、因果関係で物事を判断しがちな我々にとって、明確なオピニオンとは、「あいつがいるから、お前が困ることになるのだ。あいつをやっつければ、お前は楽になる」という因果関係の形をとる。

 「人工透析患者が医療費高騰の原因になっている。彼らの医療費を実費にしなければ日本は滅びる」というように。
 大間違いであることは言うまでもない。

 このような「あいつが悪い。あいつがいなければお前は楽になる」というオピニオンでポピュリズムを煽る政治家が、21世紀に入ったあたりから増えてきた。

「分断」は社会に百害あって一利なし

 これは大変危険な状況である。なぜならば、「あいつが悪い」のポピュリズムは社会を分断し、傷を残すからだ。予防医学のパラドックスでわかるように、健康寿命を延ばしていくためには、社会全体にじんわりと働きかけていく必要がある。ところが、その社会を敵と味方に二分して敵対するように仕向けてしまっては、全体への働きかけができなくなってしまう。

 ここにきて、「老人は優遇されている。もっと若者に予算を回すべきだ」という発言をする政治家が出て来た。ちょっと見には、いいにくい正論を述べている、良いことをいっている、と思う方も多いだろう。だがこれは、老人と若者という同じ社会的弱者を敵と味方に分類し、「おまえたち若者がひどい目にあっているのは老人のせいだ。老人をやっつければお前達は楽になる」と言っているのと同じなのだ。

 この意見に賛同すれば、老人と若者という同じ社会を構成する要素を分断して敵対させ、社会に傷を作ることになる。

 こうなってしまうと、予防医学のパラドックスに基づいて、社会にじんわりと働きかけて健康寿命を延ばし、ひいては認知症患者を減らしていくということは難しくなる。若者は「それは老人の問題だ。我々に関係ない」と思うだろうし、老人は「若いのがなにをいってきても、それに我々が従ういわれはない」と考えてしまうだろうからだ。

 いやしくも政治家であるなら、安易な人気取りのために社会を分断するような言葉遣いをするのは慎むべきだろう。「このような問題がある。みんなで最適な解決法を考えていこう」と呼びかけるべきなのだ。たとえ結論が「老人関連予算を減らし、若者関連に回す」という同じものであっても、対立を煽らずに実現すれば、社会に傷を作らない。

全体でじんわり対策、発症者は柔らかく社会で包摂

 このように考えていくと、社会全体で疫学的証拠に基づき、予防医学のパラドックスを使って、社会全体として認知症患者を減らしていく方策がいくつもあることに気が付く。

 例えばタバコ。かつては「ニコチンは、認知症発症の危険性を下げる」とされてきたが、今では「喫煙は認知症発生の危険性を上げる」ことが判明している。