ところが、この考えは間違っている。

 私達は、物事を因果関係でとらえがちだ。「親の因果が子に報い」ではないが、どうしても「原因があって結果がある」という形で物事を見てしまう。しかしながら、健康の問題は社会全体としては確率的・統計的なのである。「高血圧にならないために塩分摂取を控えると、高血圧になる確率が下がる」なのだ。確率だから、塩分摂取を控えても高血圧になる人はいるし、ばんばん塩分摂取してもならない人もいる。

 つまり、予防医学で社会全体としての健康寿命を延ばすためには、社会全体として予防策をとっていく必要がある。重症患者だけ手厚くケアしたり、逆に見捨てて社会から切り離すといったことでは駄目なのだ。

 予防医学には、「予防医学のパラドックス」というものがある。

 「小リスクの大集団から発生する患者数は、大リスクの小集団からの患者数よりも多い」というものだ。

 言い方をかえると、「社会全体に大きな恩恵をもたらす予防医学は、社会を構成する個々人への恩恵は小さい」ということになる。これでは身も蓋もないので、もっと希望を持てる言い方にすると、「多くの人が、ほんの少しリスクを軽減することで、全体には多大な恩恵がある」ということになる。(※参考『予防医学のストラテジー』ジェフリー・ローズ著、医学書院)

 さらに言い方を変えると、ある疾患を減らすために、その疾患のハイリスク群を集中的にケアしてもあまり効果がない。社会の構成員全体に働きかけて初めて効果が出てくるというものである。これは統計学的な事実だ。

 高血圧の患者を集中的に治療しても高血圧患者はあまり減らない。社会全体に「減塩しましょう」と呼びかけ、習慣として定着させることで、はじめて社会全体としては高血圧患者が減るのだ。

分断を煽るポピュリストは社会の危険因子だ

 2016年の秋、有名アナウンサーが「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にすべきである。無理だと泣くならそのまま殺せ。今のシステムは日本を亡ぼす」という発言をネットに書き込んで、「暴論だ」「透析を受ける者への中傷だ」と非難されて、いくつもの番組を降板する事件が起きた。

 思うに彼は、「予防医学のパラドックス」を知らなかったのだろう。

 人工透析患者を攻撃して全員実費負担にしても、大して医療費は下がらない。社会全体に対して人工透析にならないような生活習慣をじんわりと根付かせていって、はじめて人工透析の患者数は減り、医療費が減少するのである。

 このアナウンサーの事件は、少子高齢化が進行しつつある我々の社会が抱える、大きな危機を象徴していると、私は思う。