65歳で引退などはあり得ない。70歳、75歳と働き、年金支給開始年齢もそれに応じて70歳、75歳と遅くしていく。一番簡単な解決法だ。今、日本政府は徐々にこの方向に向かいつつある。

 が、この方法には大きな問題点がある。
 高齢者の一定割合は、病気で働けなくなるということだ。

 例えばガンであり、心臓や脳の疾患であり、認知症である。そして老衰が重なることもあって、その割合は年齢が上がっていくほど増えていく。

 人間が健康上の問題がない状態で日常生活を営む期間のことを健康寿命という。2013年の段階で、男性の平均寿命80.21歳に対して健康寿命が71.19歳。その差は9.02年。女性は平均寿命86.61歳で健康寿命74.21年。その差12.4年。つまり、男性は人生の最後の9.02年、女性は人生の最後の12.4年を、社会で支えないといけない状態だ。

 この健康寿命を延ばしていかないと、「老人も働いて社会を支える」という戦略目標は達成できない。認知症対策は、「少子高齢化が進む中、我々の社会を維持発展させるために健康寿命を延ばす」という大目的の中に位置付けることができるのだ。

 実はここまでの議論で、もうひとつの解として「人工知能やロボットのような機械を社会に大きく導入することで生産性を向上させて、社会を支える」という方法がある。が、こちらは、老人の介護や認知症とは関係ない議論になるので、ここでは割愛する。実際には、「老人も働く」と「機械を使う」が絡み合って、今後の日本社会が形成されていくのだろう。

「予防医学のパラドックス」を知る

 歳を取ったらさっさと認知症になりたいとか、あるいは脳疾患や心臓疾患でさっさと死にたいという人は、たとえいてもそんなに多くはないだろう。多くの人は「健康かつ元気で長生きしたい」と思っている。だから、社会の要請と我々の欲望とは大筋では一致している。やるべきことは、健康寿命を延ばすこと。これもはっきりしている。

 健康寿命を延ばす――これは予防医学と呼ばれる医学の分野の役割だ。予防医学の中でも、一次予防という「病気にならないための予防策」は、わりと当たり前で単純な対策のあつまりである。

  • 「高血圧にならないために塩分摂取を控える」
  • 「栄養が偏らないよう、きちんと野菜を食べる」
  • 「肥満にならないように日常的に運動する」
  • 「定期的に健康診断を受ける」
  • 「タバコは吸わない、酒は飲みすぎない」
  • 「毎日きちんと睡眠をとる」

 などなど。ところが、このような対策をきちんととっていても、病気になる人は発生する。逆にこれらを守らなくとも、長生きする人はいる。だから、「こんなこと、健康長寿に関係ないよ」と思ってしまいがちだ。