今、自分の預金口座の残高の推移を振り返ると、2016年後半から急速に残高が減っている。母にかかる手間が増えたことで、精神的にも時間的にも仕事ができなくなってきたのだ。

 通帳の額が減っていく恐怖は、体験者でないと理解できないだろう。

 減り方の曲線を未来に延長していけば、そこには確実な自分の破滅が見える。破滅から脱出したければ仕事をすればいいのだが、介護の重圧の前にそれもままならない。

「死ねばいいのに」と口にする

 幻覚が出た2015年春とは、少々違う形ではあるが、再度、私は精神のバランスを失いつつあった。

 このころから、なにかと「死ねばいいのに」という独り言が出るようになった。一度は、雑踏の中を歩いている時に、なんの脈絡もなしにこのフレーズがぽろっと口から出て来たりもした。前を歩いていた若い女性、あれは女子高生だったか――が、びくっと体を震わせて、私を避けていったのが印象的だった。

 主語はない。
 が、明らかだ。

 「母が死ねばいいのに」だ。母が死ねばこの重圧から自分は解放される。が、それを口に出すのはためらわれるので、主語なしの「死ねばいいのに」なのだ。

 これだけ自分で自分を分析できるのに、それでも口を突いて出る「死ねばいいのに」を止めることができなかった。