帰り道、Tさんに話す。

 「確かに良い施設なんですが、職員数が心配ですね。あの人数だと、1人が辞めただけでサービス提供に支障を来すんじゃないでしょうか。あそこまで小さくて、かつ全方向にサービスを提供する施設は、人繰りがつかなくなると途端に回していけなくなる危険性があると思います」
 「ああ、そう考えますか。確かにそうかもしれませんね。松浦さんの場合、ここまで介護の体制を頑張って組み上げているので、移るメリットは小さいかも知れません」

 が、よくよく考えてみると、私が偉そうに小規模多機能型居宅介護サービスの問題点を指摘できた義理ではないのであった。

 なにしろ我が家は老人1名に、常勤介護スタッフひとりの最小の介護施設と言えないこともない。スタッフの1名、つまり私が介護不可能になったら、それだけで介護体制は崩壊するのである。

ベテランのヘルパー、Kさんの退職

 そうこうしているうちに、ショックな出来事が起きた。

 ここまで1年以上にわたってヘルパーを務めてくれたKさんが、2016年7月末でヘルパーを退職することになったのだ。Kさんのお母さんの認知症が進行してきたので、実家に戻って本格的に介護するとのこと。

 「これまで、仕事としてずいぶんとお年寄りの介護をしてきましたが、今度は自分の母親を介護する番なんですよ」という。

 Kさんは、主力となってくれた3人のヘルパーさんのなかでは、一番の話し好きだった。よく母に話しかけ、母もKさんとの会話を楽しんでいた。明るく屈託のない人で、Kさんが来てくれたおかげで、私はずいぶんと助けられた。

 Kさんは、若い時に、テレビアニメーション制作の現場で働いていた。その頃の思い出話も面白かった。

 テレビアニメ史上に残る傑作「アルプスの少女ハイジ」(1974年)では、作品制作の指揮を執る高畑勲氏を間近でみていたという。「太陽の王子 ホルスの大冒険」(1968年)、「火垂るの墓」(1988年)、「かぐや姫の物語」(2013年)などの、あの高畑勲監督である。

 「なにが恐ろしいって、ハイジを作っていた頃一番怖かったのは、全部フィルムまで出来上がった後で高畑さんがぼそっと言う『これ、全部作り直そう』というリテイクの一言でした。もうスタッフ全員が戦々恐々としていましたよ。“高畑さんっ、やめてっ。その一言だけは言わないで!”って」