
要介護3の判定が出たあたりから、私は漠然と「将来的に母をどこかの施設に預ける必要がある」と考えるようになった。
アルツハイマー病は治らない病気で、症状は進行する一方だ。そこに通常の老化も加わる。断熱もままならない築40年の古い家で、専門家ではない自分が母の介護をするにしても限界がある。それがいつになるのかは分からないが、将来、母は家を去ることになる。短期間の帰宅はあるかもしれないが、一度去ればもう戻ってくることはない。
どこに預けるか、いくらかかるのかなど、その日のために準備しておかねばならないことは山ほどある。
私は基本的に、母の介護は何事もケアマネージャーのTさんに相談するようにしていた。自分ひとりで考え込むよりも、知識を持ち経験を積んだプロに相談し、アドバイスをもらったほうがより的確に行動することができる。
Tさんの答えは、「そうですね。ぼちぼちと色々な施設の見学に行ったらどうでしょうか。施設と一口にいっても種類は様々ですし、個々の施設もそれぞれ個性がありますから」というものだった。
「手始めというわけではないのですが、小規模多機能型居宅介護というサービスをしている施設を一緒に見学しませんか。自分が勉強のために見学を申し込もうとしていた施設なんですが、実は、松浦さんのお家のすぐ近くにあるんですよ」
母は、ヘルパーの派遣会社から来ているヘルパーさんに世話され、デイサービスの施設に通い、時折ショートステイの施設に泊まりに行く、という生活をしている。これらの事業主体は全部異なる。それぞれ我々兄弟が見学して、母に合うところをと思って選択した。
施設の見学に行ってみる
それに対して小規模多機能型居宅介護というのは、地域の少人数向けに、これらのサービスを一括して提供するというサービス形態だ。つまり、「このサービスはあっち、別のサービスはこっち」と別々に選ばなくとも、一括してひとつの事業所からサービスを受けることができる。
介護される側からすると、「いつもの人」から気兼ねなく多様なサービスを受けることができるという利点がある。
「ただし、小規模多機能型の場合は、ケアマネージャーも、その施設の者が担当することになります。ですから松浦さんが利用するとなると、ケアマネの僕も交代ということになりますね」
というわけでTさんと一緒に、小規模多機能型居宅介護の施設を見学に行った。施設は本当に家のすぐ近くで、ちょっと大きな平屋住宅程度の施設だった。我が家のある地域のお年寄り9人の介護を担当しているという。
地域に密着して、その地域に住む老人の介護を少人数で機動的に行うという施設のコンセプトは、悪くないと思った。が、しかし……
気になったのは、入り口に張ってあった職員の求人ポスターだった。かなり色あせており、長期間掲示してあるらしい。
直接質問するわけにもいかないと思い、施設長の方に遠回しに尋ねる。「今、この施設では何人の方が働いておられるのでしょうか」
「まず、ケアマネ兼任の施設長の自分ですね。それに常勤の看護師がひとり。それからヘルパーが今は4人です」
タイトルは『母さん、ごめん』です。
この連載「介護生活敗戦記」が『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』として単行本になりました。
老いていく親を気遣いつつ、日々の生活に取り紛れてしまい、それでもどこかで心配している方は、いわゆる介護のハウツー本を読む気にはなりにくいし、読んでもどこかリアリティがなくて、なかなか頭に入らないと思います。
ノンフィクションの手法でペーソスを交えて書かれたこの本は、ビジネスパーソンが「いざ介護」となったときにどう体制を構築するかを学ぶための、読みやすさと実用性を併せ持っています。
そして、まとめて最後まで読むと、この本が連載から大きく改題された理由もお分かりいただけるのではないでしょうか。単なる介護のハウツーを語った本ではない、という実感があったからこそ、ややセンチな題となりました。
どうぞお手にとって改めてご覧下さい。夕暮れの鉄橋を渡る電車が目印です。よろしくお願い申し上げます。(担当編集Y)
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