「こういう、特にどこが悪いというわけではない場合は、基本は経過観察だねえ。できることがあるとしたら食事の塩分を控えること。塩分を控えるのは、健康を保つ基本です」

 さあ困った。

 というのも、母は濃い味文化圏の出身者で、塩分の効いた食事に慣れていたからだった。思い出せば、子供の頃から母の作る料理の味付けは濃かった。ニンニク風味を利かせ、がっちりと油と醤油を使った焼きめしは、私達兄弟にとって「おふくろの味」である。「予測的中も悲し、母との満州餃子作り」で書いたように、食事宅配サービスを受け付けなかった原因のひとつは、健康を配慮した薄い味付けへの拒否感だった可能性もある。

 私が、薄味の食事を作ると、案の定母は「なに、この味がない御飯は」と文句を言った。せっかく塩分を減らした料理に、どばどばと醤油をかける。これはいけない、と醤油を減塩醤油に変えた。すると、醤油もまずいといって、今までの倍の醤油をかけるようになった。元の木阿弥である。

 塩を控えるためには酢やコショウなどの他の調味料を多めにつかって、塩分以外の刺激でおいしく食べられるようにするのがコツなのだそうだが、なかなか自分の料理の技術がそこまで対応できない。

減塩はうやむや、そして蘇る記憶

 結局、私が面倒がってしまったことから、食事の減塩はうやむやになってしまった。残りの人生の質を考えると、多少は寿命が縮まったとしても自分の好みの味付けの食事を食べたほうがよかろう――というのは、単なる言い訳かもしれないが。

 後には、減塩醤油と、減塩塩(というのも、変な製品だが、塩化カリウムを加えてナトリウムの含有量を減らした塩)が残ったが、これらは使い続けた。「気は心」というわけである。ちなみに、母の血圧はその後も上がったり下がったりで、特に高血圧に振れることはなかった。

 以下は余談。
 そんな濃い味志向の母に育てられた私は、実は薄味でも全然苦にならない。

 というのも小学生の時に軽い腎盂炎を患って1年に渡って減塩生活を強いられたことがあり、舌が塩を使わない薄味料理に慣れてしまったからだ。私は将来、老人向けの薄味の食事を食べることになっても、味が薄いと文句をいうことはないだろう。

 思い起こせば、あの時母は、自分の嗜好を押さえ込んで、病気の私のために薄味の料理を作り続けてくれたわけだ。今となると、感謝のほかはない。