「最寄り駅近くで開業しているH先生のところはどうでしょうか。お家から近くて通いやすいですし、H先生は親身になって診察してくれる方ですよ」とTさんは言う。

 日頃の仕事を通じてケアマネージャーのところには、どこにどんな医師がいて、どんな性格で、どのような医療活動を行っているかという情報が集まっている。となれば、ここはTさんのアドバイスに従うべきであろう。

 主治医を代える時は、もとの主治医に引き継ぎ事項の書類を書いてもらい、新たな主治医に提出する。

 こうして2015年12月から、母は主治医を代えることとなった。H医師は、温厚で丸顔の気さくな人で、最初の診察で開口一番「A先生かー。確かに名医なんですが、今あの方はものすごく忙しいでしょうねえ」と言った。A医師からの引き継ぎ書類を読んで、「ああ……、やっぱりあまり細かいことは書けていませんね。忙しいんだろうなあ」と続ける。とすると、ケアマネTさんの言う通り、A医師の意見書が、要介護1に留め置きとなった原因なのかもしれない――私は希望を持った。

再申請の結果を受けて、家の見直しも検討

 新たな病院に連れてこられた母の警戒心を、巧みな話術で解きほぐし、長谷川式認知症スケールで、母の状態を確認すると、H医師は「分かりました。やりましょう」と宣言した。

 「大体のお母さまの状態は理解できました。私が意見書を書きましょう」。

  私としては、頭を下げて「お願いします」と言うほかはなかった。

 H医師の意見書を添付し、再度見直しの申請を行う。結果は2月半ばに出た。「要介護3」。

 「要介護2」ではなく、一足飛びに「3」となったのは、排泄に支障を来していたからだろう。要介護2と要介護3の差は、排泄を含む日常的な生活の動作が「部分的に介護が必要(要介護2)」か「ほぼ全面的な介護が必要か(要介護3)」である。

 ともあれありがたい。これで、また介護体制を建て直すことができる。

 この時、同時に私はもうひとつ、自宅の改装も考えていた。2階の自室から1階の応接間に母を降ろしたことで、この古い家が老人を介護するのにはまったく不向きであることが見えてきていたのである。

(次回に続く)

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