「痛いから行かない」と母は言う。

 判断に迷う事態だった。送り出しに来たヘルパーのKさんと、どうしようかと相談する。なにしろ初日だ。ここをうまく乗り切らないと「嫌だ、行かない」と拗ねてしまうかもしれない。肩の痛みが続いているのは気になるが、ここはなだめて送り出したほうが良いだろう。私、ヘルパーKさん、そして迎えに来た職員さんと3人でぐずる母をなだめすかし、デイサービス初日へと送り出した。

 いや、こう書くのは正直ではない。

 嫌な話だが私は、母がデイサービスに行くの嫌さに、「肩が痛い」と偽っているのではないかと疑っていた。肩が痛いというのが嘘ならば、なんとしても送り出し、初日を円滑に過ごさなくてはならない。後で反省した。母はそういう嘘をつくような人ではなかったのを、自分は知っていたはずなのだ。

 午後5時、母が帰ってきた。肩が動かないようにコルセットでとめていた。「どうしても痛いということなので、今日はコルセットでとめて休んで貰いました」と送ってきた職員さんが言う。どうも妙だ。いつもの脚の痛みとは様子が違う。

 翌30日の朝、いつまでも母は起きてこなかった。2階の母の部屋に起こしに行くと、母は布団をかぶってうんうんとうなっていた。

 「さあ起きましょう」と布団をめくって、私はやっと事態が深刻なことに気が付いた。母は、自分の布団の中にうずくまったまま、尿と便を漏らしていた。痛みのために起きるに起きられずに、トイレに行くことができなかったらしかった。

 そこからは大変だった。母を着替えさせ、漏らした便を始末し、汚した寝間着にシーツ、布団をまず流水で便を洗い流し、塩素系漂白剤に漬け込む。痛い痛いという母に簡単な朝食を出して、その間にタクシーを呼び、大急ぎで整形外科に連れて行った。

病院の廊下にまで響く母の悲鳴

 撮影したレントゲン写真を一目見て、整形外科の医師は大声で言った。「こりゃ脱臼だよ。きれいにはずれている」

 「えええっ」と、私はかなり素っ頓狂な声をあげた。まさか脱臼のような大ごととは思ってもいなかった。

 「私も、学生時代に柔道をやっていて肩を脱臼したことがあるけれどね。これは痛いでしょう。いつ脱臼したか分かりますか」

 「分かりません。ただ、日曜日から痛いとは言っていたのですが……」

 「日曜日か。というと2日経ってますね。あのね、脱臼というのは簡単に言うと、関節部分を押さえている筋肉が断裂して、噛み合っていた骨が抜けるんです。元に戻すには、その断裂に沿って骨をはめ込みます。だから、脱臼してすぐは割と簡単に元に戻せるんですが、日数が経つと筋肉の断裂が治癒し始めるので元に戻すのが大変なんですよ。最悪の場合は手術になります。2日だと……さあ、私一人で戻せるかなあ。やってみましょう」