デイサービスへは迎えの自動車に乗って通所する。迎えが来てもなおも嫌がった。仕方ないので、一度引き取ってもらった。

 少し間を空けてもう一度迎えに来てもらい、やっと送り出すことができた。私はほとほと消耗したが、Kさんは「どなたも最初はこんなものですよ。気にしないことです」と言って笑っていた。

 午後3時、短めのデイサービスを終えて母が帰宅した。その表情は明るく、これなら馴染んでくれそうだと、ほっとした。

母親の下着なんて分かりません!

 もうひとつ、妹は重要な仕事をしていった。夏物への母の着衣の入れ替えと下着の整理だ。

 ここで世の男性の皆さんにお尋ねしたい。
 あなたは、自分の母親がどのような下着を着用しているかご存知だろうか。  それが、季節によってどのように変化するかを把握しているだろうか。

 もちろん私はそんなこと全く知らなかった。母の下着なんてものは子供の頃に母が目の前で着替えていた頃以来、見た事もなかった。母はずっと、自分で自分の下着を管理してきた。

 が、今は母はあらゆることの管理能力を失い、なにを聞いても「よく分からない」と答えるようになってしまった。ところが私は、そもそも下着を見てもその着用法すらよく分からない始末だ。妻帯者なら伏して妻に下着の整理を頼むところだろうが、あいにく私は独身である。

 妹がやってきて、下着を入れ替え、一部は買い整えて整理整頓したことで、どうやら母は暑い日本の夏を迎える準備をすることができた。

 やっと介護の形が整ってきて、先への展望が開けてきた――そう思えるようになった6月末だったが、この時、もう一つの深刻な事態が進行しつつあった。失禁である。母が失禁するようになっていたのだ。