上は中学生から下は2歳までが家の中をうろちょろして、うるさくて大変ではあったが、母にとっても楽しい時間となった。

 帰国の前に、全員揃ってふぐ料理を食べに行った。

 母は元気なころ「お父さんは、お前にふぐ食わしてやると何度も言っていたのに、一度も連れて行ってくれなくて」としきりと文句を言っていたのを、我々が覚えていたからだ。

 大枚をはたいたふぐ料理はたいへんに美味しかった。
 が、その帰り道、母が文句を言い出した。

 「生臭いばかりておいしくなかった」
 「なにあれ、ほんとにふぐ」などと。

 せっかく楽しい時間を過ごしたのに、母の文句でみんな白けた気分になってしまった。今にして思えば、アルツハイマー病による抑制が効かなくなる性格の変化と、味覚の変化とが重なった結果の反応だったのだろう。

もしも親孝行をしたいなら

 もしも親孝行を、と考えているなら、認知症を発症する前にするべきだ。

 認知症になってしまってからは、生活を支えることこそが親孝行となり、それ以上の楽しいこと、うれしいことを仕組んでも、本人に届くとは限らない。逆に悲しい結果となることもある。

 後日、妹と2人で墓参りした時のこと、妹は父の墓に何事か長時間祈っていた。
 何を祈ったのかと聞くと、妹曰く…

 「お父さんが生きている間に、きちんとお母さんにふぐを食べさせなかったから私達が悲しい目にあったんだよ、奥さんにサービスするするなら、口先だけでなくちゃんとやっといてよ、と文句を言っておいたんだよ」。

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