「あなた誰?」
「なんでここに来たの?」
「なぜ私にそんな質問をするの?」
誰かが来るたびに、母は警戒し、この質問を繰り返した。何度説明しても忘れてしまうので、次にやってきても同じ対応になる。
さすがプロだな、と思ったのは、家にやってきた介護関係者が1人の例外もなく、柔らかい態度で自己紹介と自分の仕事の説明を繰り返してくれたことだ。ほとほと感心して「さすがですね」と言うと、「こういうことは、家族の方よりも、私達のような部外者のほうがいいんです。仕事と割り切って対応できますからね。むしろ家族の方の場合、介護されるお母様にも甘えが生じるので、対応は難しいんですよ」と説明された。
アルツハイマー病の場合、具体的に起きたことの記憶は残らないが、その時に感じた感情や雰囲気はおぼろに記憶に残るらしい。母のとげとげしい対応も、回数を重ねていくにつれて徐々に消えていった。が、それも病気の進行につれて、一度定着したと思った記憶が消えてしまったり、記憶は消えなくとも性格の変化による他者への攻撃性が出たりで、なかなか安定してくれなかった。
もっと早く、アルツハイマー病の病状が決定的に進行する前に、公的介護保険を導入していれば、早期に母は安定した精神状態になることができた、と、今思うのである。
「ひょっとして認知症ではないか」と思った場合も、まずは地域包括支援センターに相談するのが得策だ。というのは、地域包括支援センターには、近辺のどの病院にどんな医師がいて、どんな活動をしているかという情報もあるからだ。
私は、自分でどの病院に連れて行くかを調べ、総合病院を選び、診察が数カ月単位で遅れた。結果的にこれは失敗であったと判定せざるを得ない。なるべく近所の信頼できる病院を、地域包括支援センターに紹介してもらい、すばやく診断を受ける。これが正解だった。
地域包括支援センターを使えば、診断と並行して、介護認定の申請をも行うこともできる。前回書いた通り、申請から介護認定の結果が出るまでには1カ月程度かかる。とにかく早手回しに動いたほうがいい。
しつこいが、早期の公的介護保険の利用開始は大変重要だ。先ほど述べた、介護される側が慣れることもあるが、介護する側のストレスが軽減されること、これがまた大きい。そして、介護する側にかかるストレスが軽減されることで、介護される側のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)は大きく改善されるのだ。
介護する側が無理をしなくてもすむ体制作りが重要
私の失敗は、すぐに地域包括支援センターに相談することなく、ずるずると母の認知症の症状悪化に巻き込まれたところにあった。
介護のストレスは、最初は大したことがなくとも、症状の進行と共に大きくなっていく。気が付くといつの間にか10カ月ほどが経ち、その間に、ストレスに押しつぶされるぎりぎりのところまで行ってしまった。
過大なストレスで、私は怒りっぽくなり、結果、母との関係は悪化した。
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