困り果てて、外で待っている迎えの人に説明する。

 「どうしても母が出てこようとしないんです。もうちょっとがんばってみますので、待っててもらえますか」

 すると、相手の方はけげんそうな顔をして、「お母さん?」と聞き返した。「僕、犬のトリマーですよ。毎月の予約でお宅のワンちゃんお預かりして、毛を刈っているんですが」。

 そうかーっ、今日は犬のトリミングの日でもあったかっ。へなへなとヒザが崩れ、そのまま地面に突っ伏して笑い転げてしまった。いったい自分は何をやっているんだ。母と言い合ってもみ合って、母はといえばかつてのだだっ子だった自分のようにじたばだして、それで犬のトリマーさんをデイサービスの送迎と間違えてしまったとは。

 我に返って犬を送り出して数分後、今度は本物のデイサービスのお迎えが来た。見た目も爽やかな体育系のインストラクターの方が玄関から、「松浦さーん、お迎えに来ました。一緒に運動しましょうね」と2階の母に声をかける。

イケメンインストラクターさん、母を動かす

 と、不承不承ながら母が立ち上がり、階下に降りてきた。「私、そんなこと必要ないんだけれど」というところに、インストラクターさんが「でも、体を動かすと血流も良くなるんですよ」と説得する。

 するとなんということか、私がどれだけ「行きましょう」といっても動こうとしなかった母が、「そうかしら」などと言って、玄関まで出てくるではないか。

 そうだった。母は割と外聞を気にするほうだった。

 電話の応対の声は通常よりも1オクターブ高くなるクチだったし、家族が言っても言うことを聞かない場合も、他人から言われるとするっと動く傾向があった。ましてやこの美男子のインストラクターさんなら、「行きましょう」と言われて悪い気分になるはずがない。老いたりといえど、母だって女性だ。

 こうして、さほど揉めることもなく、母は初めてのデイサービスへと出かけていったのである。