余裕があるからこそ、母にやさしく接することができた。余裕が失われてくると、ぎすぎすして怒るようになり、怒ることでますますストレスを高めて自分を追い詰めていった。

 そして、ついに仕事に支障を来すようになった。
 具体的に書こう。
 幻覚が出たのである。

 私は受け取ってもいないメールを受け取り、読んだと思い込んでしまった。メールの内容は仕事の条件で、「自分がこうあってほしい」と思っていた内容だった。喜んで返事を書くと、「そんなメールは送っていません」と返事が返ってきた。驚いてメールログを探すが当然自分が読んだと思ったメールはない。

耐えられると思っているうちに膨らんでいく

 この時は愕然とした。自分は、「自分がこうあって欲しい」いう自分の思考を、実際にあったことと誤認していたのだ。こんなことが数回繰り返された。

 自分の思考と実際を区別できなくなるというのは、統合失調症の症状のひとつである。遂に自分は狂気に陥ったかと思った。原因はといえばひとつしか思い当たらない。介護によるストレスだ。

 だが、母はもはや自分の介護なしでは生活できない。ストレスが原因だとしてもストレスから逃れることはできない。それは母を捨てることを意味するからだ。

 大きなストレス、小さなストレス――介護にはストレスがつきまとう。介護のストレスのもっとも恐ろしい点は、介護される者の症状の進行と共に日々の生活の中で徐々に徐々に、ゆっくりと大きくなっていくことである。

 「これぐらいなら大丈夫」「まだ耐えられる」「もうすこし」…そして気が付くと限界ぎりぎりになっている。ぎりぎりになると、さすがに自分でも分かるので、必死に踏みとどまろうとする。が、認知症の症状は、そんな努力とは無関係に進行していく。

 実はストレスを軽減する方法はあった。他者、具体的には公的介護を頼るのである。が、ここまでストレスがひどくなってしまうと、きちんと論理的に考える余裕が失われてしまう。目の前に救命用具は浮かんでいる。しかし肺に水が入ってしまい、ひたすらもがいている溺れる者は、その目の前の救命用具に気が付くことができない。死の恐怖に、手足をじたばた動かすだけで精一杯となってしまう。

温泉で湯あたり、散歩で転倒

 2015年4月に入ると、母は脳だけではなく、肉体の衰えも顕著になっていった。

 私と母は時折、自動車を飛ばして箱根の温泉に行く習慣があった。4月の頭、せめて生活だけはいつも通りにと箱根に連れて行くと、母は温泉内で湯あたりして倒れ、救急車を呼ぶ騒ぎとなった。もう、温泉に連れて行くことはできなくなった、と実感した。

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