蛍光灯が付けっぱなしになっているとこまめに消灯するし、うっかり食器戸棚が開けっ放しになっているとこれ見よがしに音を立てて閉める。あくまで「ここは自分の場所だ」とアピールしたかったのだろう。これは姑の行動パターンだ。

 とほほ……まさか実の母に姑の嫁いびりのようなことをされるとは思ってもいなかったよ。

 それでも当初は、「こんなの大したことはない」と思っていた。

 私は1人暮らしをしていた頃に、かなりの料理を覚えており、料理の面白さも奥深さも自分なりに知っていた。私の分プラス1人分の料理を毎日用意することなど、大したことではないように思えた。

 ……甘かった。
 自分ひとりなら、たまに「面倒だ」と思った時は、買ってきた総菜で済ますことができる。外食したって構わない。あるいは、出来上がった料理が不味くとも自分の責任だから、我慢して食べてしまう。

 しかしながら、母がいるとそうはいかない。母の前に、時間通り三度の食事を作って出さなくてはならない。

“当たり前のこと”がストレスになる

 もちろん買い物も私の仕事となった。最初は近所のスーパーにちまちまと買い物に行っていたが、こちらも仕事をしているので、そんなことをしていたら原稿を書く時間が足りなくなってしまう。週に1回、大型スーパーに出かけて食材をまとめて買いこむようになった。

 洗濯・布団干し、父の位牌の入った仏壇の管理。さらには、せっせと母が通っていた父の墓参りなど。生活のすべてが私にかかってくるようになった。
 そこに母が絡むことで、「日常の全て」が、小さなストレスとなって自分の心にたまりはじめた。

 さて、このあたりで「ふざけんな」という罵声が飛んでくるかも知れない。

 掃除に料理に洗濯にゴミ出し――全部ごく普通の家庭でも行っていることだ。「うちのダンナはなにひとつしないから、私が全部やっている。当たり前のことなのにストレスってどういうこと?」という既婚女性の声が聞こえてきそうだ。「母がいる? ウチには子供がいる。なにするかわからない子供がいつも大騒ぎしているわよ」と。もちろん、子供に加えて舅姑と同居、という方もおられるだろう。

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