川内:まず、家庭内で主に介護を担う人の男女比は、男性が昔は1割にも満たなかったけれど、今は3割を超えてきて、これからもどんどん増えていく。昔のように「家のことだから、奥さん、お願いね」という安易なことができる状況ではもはやない。

松浦:当然です。

川内:そして、奥さんには奥さんの両親がいる。女性が働いていて、男性が家庭を守っている場合も同じことです。そして、結婚をしていない人もいる。

 じゃあ、現実にいま働いている社員を、どうやって介護の現場に立ち向わせればいいのか。これは難しいですよ、どう考えても。

松浦:「家庭内の問題だ」と、自己責任に押し付ける経営者が出てくることは避けられないでしょう。とはいえ、親を介護しなければならなくなった社員がどうしようもなくなって、離職して介護する、ということに繋がれば、企業経営にも重大な問題になりかねない。

川内:そうなんです。企業さんから、介護について社員に話しをしてくれとご要望があったときによく言うんですけれど、ITのリテラシー、インターネットが使える、メールが出せる、ワードが使えるといったことと同様に、介護にも経営者から始まって全社員が、一定のリテラシーを持っていただくことが、すごく大事なんです、と。

松浦:それは強烈に感じます、自分自身でも。

川内:そうですか、やはり。

「関白宣言」はファンタジーです(笑)

松浦:必要なリテラシーは、介護はもちろんですが、実はそれだけじゃないですよね。つまり人生全体に対して「おおむねこういうものだ」という、ある種の設計図、モデルパターンみたいなものが必要なのかもしれないなという気がします。

川内:なるほど、なるほど。

松浦:僕らは経済成長に乗って人生を歩めた期間が長いので、そこのところが貧困なんですよ。「えーっと、まあ最後は死ぬよね」という程度の認識しかないわけですよ(笑)。たぶんそれでいい時代というのがずーっと続いたんだと思うんです、寿命も比較的短くて。特に男性は、最後は奥さんに看取ってもらうのが当然と思っている方が多かったですからね。

Y:ああっ、「関白宣言」(さだまさし氏の1979年の大ヒット曲)の歌詞は、まさにそれでした。

松浦:でもね、現実には人生の最期に奥さんに向かって「お前のおかげでいい人生だった」なんてまず言えないと思いますよ。認知症を発症してしまえば、そんな意志も体力も残っていないのが普通です。

Y:そういうファンタジーを素直に信じられる、幸せな時代だったということですかね。

川内:そうですね。その時代は残念なことにもう終わってしまって、「親の死に目に会えないと不幸だ」みたいな感覚をさらに越えて、「そこに向き合い過ぎても辛いのよ」という状況があるわけですよね。