(前回から読む

 『母さん、ごめん。』の著者、松浦晋也さんと、NPO法人「となりのかいご」の代表理事、川内潤さんが、松浦さんがお母さんを介護した現場である、ご自宅で「会社員の息子が母親を介護する」ことについて、語り合います。最近、自分の母親についきつく当たってしまいがちな担当編集者のYも絡みます。

Y:うちの母親は今のところ認知症ではないようなのですけれど、年齢なりの老化で、ちょっとしたことが覚えておけなくなっているんです。でも、それ以上に自分が驚いているのは、自分自身の母への態度なんです。

川内:といいますと?

なぜ母親に辛く当たってしまうのか

Y:自分でいうのもなんですが、普通にいい息子だったはずが「母親に対して、何でこんなに攻撃的になるんだろう」と。そう思うことが、特にこの2~3年ぐらいよくあって。「俺って何て非人間的な、親不孝な人間なんだろう」ぐらいに思えてくるんですよ。

川内:ああ、なるほど……。

Y:自分の息子から「母さんは出来て当然のことが出来ていない」と言われたら、すごく傷つくだろうな、ということは頭の中では分かっていて、「おい、やめておけ」と思ってもいるのに、「だからさっき言ったでしょう!」みたいな感じのことを言っちゃって、母はしゅんとなっちゃうし、こっちもこっちでへこむ。実に不毛です。

松浦:自分も、正直に言って母への態度はかなり強かったと思います。「もうこういうことをやらんでくれ」とか、「何でこういうことをするんですか」みたいな。

川内:すみません、松浦さんはもともと、お母様に対しては敬語で話しかけをする感じなんですか。

松浦:そうでもないですけれども、怒ると敬語になっちゃうみたいなところはありますね。

川内:なるほど。ではお母さんにとってはその言葉で「あ、息子は怒っているな」というのは相当感じられる。

松浦:そうですね。そうすると本人は本当にしゅんとして介護ベッドに座っているという。とはいえ、すぐに忘れちゃうけれど。

川内:ですよね。それで言い合いになるみたいなことはなかったんですか。

松浦:ありました。

川内:例えばお母様からどんな声が返ってくるんですか。

松浦:「私はできるんだからやるんだ」です。「今まで何年この台所を使ってきたと思っているんだ」という話を持ってくる。それに対して「でも、実際にできていないじゃないですか」みたいな話で言い返すわけです。

川内:これは大学の授業で習った話ですが、心理学的に、男性にとっては「母」というものが、ある意味自分の一部であり、かつ、いつでも帰れる安全な基地としていつまでも感じられている。たとえ、母親が高齢になっても自分にとってそういう存在である、とまで言われている。

Y:へえ……。

川内 潤(かわうち・じゅん)
1980年生まれ。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。ミッションは「家族を大切に思い一生懸命介護するからこそ虐待してしまうプロセスを断ち切る」こと。誰もが自然に家族の介護に向かうことができる社会の実現を目指し、日々奮闘中。