松浦:それも前段からの経緯があります。自分が職を辞して独立した時、この自宅近くに仕事場を借りたら、父が「男一匹、家を出たからには帰ってくるな」とか言って入れてくれなかった(笑)。

Y:実家に飯をたかることができなくなった。

松浦:ええ。仕方なく、ひたすら自炊の生活です。ところが、それだけやっても自分は料理はうまくならない。「我ながら下手だなあ」と身に沁みて自覚したんです。なので「まずい」と言われたって「そりゃそうだよなあ」と思えたのかもしれない(笑)。

Y:なるほど、やはり経験値があったほうがショックは少ないんですね。とはいえ、ゼロになるわけではないでしょう?

松浦:もちろん、気持ちへの影響がゼロにはならないです。しかも、毎日毎日のことですから、こう、ぐーっと溜まってくるものがある。やっていた2年半は本当に大変でした。いつも何か重しが載っかっているような感じです。そしてその重しは自分の調子、あるいは、母の調子によって重くなったり軽くなったりするんです。

川内:なるほど。自分の感覚というか、お母様のご状況によって負荷が変わってくる。何が一番お辛かったですか、その当時。

「決定権がなくなる」辛さ

松浦:実は今も、いつお迎えが来るかという状態のこいつ(と、愛犬を指さす)がいるからあまり変わってないところなんですけど、時間的にものすごく制約されるんです。調子に乗って午前2時、3時まで原稿を書いていても、朝はきちんと起きてご飯を作らなくちゃいけない。朝の8時になったら絶対ヘルパーさんが来て、おはようございますとやってきますから、それをちゃんと迎えなくちゃいけない。

松浦:母が家にいるときは、とにかく足が衰えちゃいけないからと必ず連れ出して歩かしたんです。けれど、歩きだすと、かつてだったら30分もかからずにささっと歩いた道が1時間かかる。その間、一緒にくっついて歩かなくちゃいけない。毎日毎日、母に割かねばならないタスクがあって。それを取っていくと自分の時間、いや、それ以前に自分の仕事の時間まで持っていかれるんですね。その持って行かれる時間がだんだん増えていくのが一番つらかったです。

 一言で言うと、自分の決定権がない。自分自身の使い方の決定権がないということなのかもしれない。そしてこれは経験がないので分かりませんが、たぶん、小さな子供のいる方はみんな同じストレスを抱えているんだろうな、という気がするんですよね。

川内:おそらく子育てもそうだし、それこそ家族を持っていくことで、松浦さんがおっしゃった「自分の自由になる時間が削られていく」というのは必ずあるとは思います。それと、1人で抱えていく介護とで違うのはどういうところでしょう。