川内:なるほど。そういえば、料理の話を本の中でも書かれていらっしゃったんですけど、もともと料理はされていらっしゃったんですか。

松浦:自分がずっと独身できちゃったので。会社勤めをしているときは外食ばっかりだったんですけれども、フリーになって家にこもって原稿を書くようになって、自炊生活はそこからですね、もう1つはさっき言った農業経済を研究していた父の影響です。僕ら兄弟は全員「食は人間の基本だから、決しておろそかにするな」とたたき込まれて育ったんですね。

川内:素晴らしい。そういう影響もあって、お母様の食事を作って。

松浦:またそれを、認知症になった母が「まずい」とか言うわけですよ(「家事を奪われた認知症の母が、私に牙を剥く」)。

川内:そこなんですよね。一生懸命作ったものに対して、「まずい」とか「もっとおいしいものを」とお母様から言われたら、お気持ちに二重に負荷がかかるでしょう。おいしくないと言われたこと、具体的に食べものの名前を出せないお母様の今のご病状。どうやって、お気持ちを消化していけるものなんですか。

松浦:消化というか、とにかく必死でした。正確に言うと「まずくても食え」みたいな感じですよ。だから努めて気に病まないようにしていた。

川内:気に病まないように。

料理が下手な自分を責めない!

松浦:変な話ですけど、自分の作る料理がまずいことは自分で知っているわけですよ。とはいえ、その中でいくつか発見したことはあります。その1、「失敗しても自分なら食える」。その2、「失敗したときは取りあえず濃く味付けをすれば何とかなる」。

川内:なるほど。

松浦:本にも書きましたが、塩を減らしたので文句をぐちぐち言われたんですけれども、失敗したら味を濃くする(「予測的中も悲し、母との満州餃子作り」)。それとその3、「最低でも食えるところまで持っていきたければ、材料をけちらない」。値段はちょっと高くなりますが、しょうゆとかの調味料、あるいは野菜も新鮮なものを選ぶとか。素材で頑張っておくと、調理で失敗しても取りあえず食える。

Y:まずい素材をうまく食わせるのには、技術か、濃い味付けが必要ってことですね。

松浦:うまく食わせるのは技術。でも技術がないんだったら素材をけちるなという。

Y:ないんだったら素材でカバーして。なるほど、分かりやすい。

松浦:それで何とか続けてこられた。

川内:いや、素晴らしい。「おいしく作れない自分がいけないんだ」とか、「母にこういうふうに言わせているのは自分のせいなんだ」というスパイラルに落ち込まず、しっかりと「まずくてもいいから食えよ」という気持ちを持ち、そして素材や味付けでリカバリー策にも思いを至されたと。まさに男性流というか、プラグマティックな適応策ですね。