川内:なるほど。介護をする家族の方が「気持ちよく人に任せていいんだよね」と思えることは、精神的・物理的な負担を下げるためにもたいへん重要です。もちろん、介護事業者にとってもありがたい。

 一方で、やっぱり家族が介護するのが最善である、と思いたいところもきっとあるじゃないですか。「客観的に見たら、これって確かにプロにやってもらった方がいい」と思いつつも、「でも人さまの世話になりたくない」という気持ち。ご本人も、ご家族もやはり、たいていはあるものなんです。

松浦:ああ、そこで「他人の世話になりたくない」と思ってしまう人もいるんですね。それは本当に僕には想像できないです。僕は僕の体験だけしか分からないので、ほかの人が同じことをどう考えるかということは、正直分からない。

 ただ、そう思えたのは、以前の経験があったからかもしれませんね。というのは、まず祖母の経験がありました。長年同居していた父の母ですね、祖母は、僕らが何をどう言っても言うことを聞かない。ちょうどショートスティという制度が始まったころで、父が大病を患ったので手が足りなくなって、祖母を預けたんですが、「家に帰る」といって脱走するんですよね。

Y:脱走?

松浦:そう。常時施錠の施設の玄関の横で持っていて、人が出るときに一緒に出ていくというパターン。

父も「飯がまずい」と言っていた

川内:業者さんが入ってこられるのと出ていかれる寸前に。いらっしゃいます。よく見ていらっしゃるんですよ。自動ドアがぴっと開いた瞬間にぱっと。

松浦:そうそう。子供がロック付きのマンションに入るのと同じやり方ですね。

川内:あります、あります。一見、玄関の横のいすでゆっくり座っていらっしゃる体(てい)ですけれども、誰かがドアを開けて出入りする瞬間にしゅっとすごいスピードで。

Y:「なんだ、動けるんじゃないか!」みたいな。

松浦:祖母は最後、心臓が弱って99歳の天寿を全うしたのですけれど、最後に入院した病院から僕ら兄弟に向かって、お前はあれをしろ、これをしろという手紙を送って来ました。そういう人でした。

川内:すごくしっかりされた方で。

松浦:最後までしっかりしていましたね、祖母は。それだけに、やっぱり僕らが言って言うことを聞くものじゃない、という印象が残ったんです。思い返せば、ガンで死去した父も、闘病生活のとき、言っても聞かないことがいっぱいありました。入院時は「飯がまずい」とよく言っていたです。その辺は今の母と同じですね。

 父は農業経済の専門家だったので、「お前ら、患者に向かってこんな飯を出していいのか」とか言って、生産から流通に至るまでの農産物の話を看護師さんに滔々と語っていた(笑)。それを看護師さんは拒絶するのではなく、話を聞いた上で笑っていなすわけです。こういう経験を通して、「どうも家族だと甘えが出るらしい。それだったら人に言ってもらった方がいい」という認識が、いつの間にか生まれていたのでしょう。